シミュレーション基盤型医学教育の潮流

協仁会小松病院心臓血管科 部長
森田 寛

シミュレーション基盤型医学教育

(simulation-based medical education:SBME)という教育方略を御存じでしょうか?
近年、医療は急速に進歩しており、医学に関する知識、医療技術、医薬品、医療機器等が複合して発展したおかげで医療の質は向上しています。しかし医療事故、救急医療離れによる医師、看護師不足、医療格差といった諸問題が顕在化しており、医学教育のあり方や医療現場での医療者養成は非常に重要な課題となっています。
医学教育カリキュラムを開発することは卒前、卒後、生涯教育のいずれにおいても大変重要な事項です。ここ数年来、この課題を解決するための新しい臨床教育手法としてシミュレーション教育が推奨されています。航空機産業、宇宙開発や化学産業などのハイリスク産業においてはシミュレーショントレーニングによる安全システムの確立を目指しており、人の命、健康を預かる医療ももちろん例外ではありません。
医師や医学教育機関は研修医、専門医、コ・メディカルの学習トレーニングや、新しい治療法、機器の導入によってもたらされる医療上の問題の解決とリスクマネージメントに取り組まなければなりません。シミュレーション基盤型医学教育は、シミュレーション用具を用いて臨床の状況をシミュレートすることにより、医学教育者が効果的に教育内容を伝えられるような教育活動のすべてを含みます1)。従来、欧米では臨床教育の考え方として、See one, Do one, Teach one(学習者に技能を見させて、自ら体験させて、それを誰かに教える)という考え方を提唱していました。最近新たに2つのカテゴリーが追加され、See one, Simulate one, Do one, Reflect one, Teach one(自らの実践前にシミュレーション実習し、実践後内省的に振り返る)が学びを得る考え方であるとされてきています2)。
もちろんシミュレーション基盤型医学教育は従来の現場教育(on the job training:OJT)を否定するものではありません。OJTに取って代わるものではなく、むしろそれを補完する非常に有益な方法であると考えてられています。
近年様々な医療技術研修のためのシミュレータが開発されており、欧米では特にバーチャルリアリティ(virtual reality:VR)シミュレータの開発が進んでおります。また、著者は2005年から独自の心臓カテーテル手技シミュレータを産学連携により共同研究開発を行っておりますが、こちらは実際のカテーテルデバイスを用いて術者の手術の感性をリアルに再現できるように工夫しています。このためVRシミュレータとは違い、新しいカテーテルデバイスの開発や評価のための実験シミュレータとしての特性も兼ね備えています3)。
最近ではこのようなシミュレータによる教育システムは学会、研究会等でのhands-on training学習や大学病院のスキルスラボ、企業によるメディカルトレーニングセンターなどで利用され、新しいシミュレーション基盤型医学教育を実践しようとする機運が高まってきています。
ところでシミュレータを用いた学習コースをコ・メディカルの人達向けに実践している時に面白いことに気がつきました。コ・メディカルが医師の目線に立つことが出来るため、臨床現場で自分達が医師の手技中にどのように行動すればよいかを客観的に把握でき、非常に実用的なトレーニングができたと喜ばれました。コ・メディカルは医師ではないため、人に対しての手術は絶対にできませんが、シミュレータによって擬似体験することにより医師と共有する感覚が生まれたのです。このことはチーム医療構築に新たな可能性が期待され、医療安全にも貢献するものと考えます。
新しい教育方略であるがゆえに、教育プログラムの開発や指導者の育成、経済的な要因など問題点もいろいろとあります。しかし、BLS(Basic Life Support) やACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)に代表されるようにシミュレーション基盤型医学教育は今後様々な医療の分野で発展していくと考えられます。

文献
1)A. Ziv. Simulators and simulation-based medical education. A practical guide for medical teachers second edition. Elsevier Inc.:211-220, 2005.
2)藤崎和彦:総論1「シミュレーション医学とは何か」シミュレーション医学教育入門.日本医学教育学会教材開発・SP小委員会 編篠原新社出版:2-12,2011
3)森田 寛:各論Ⅰ-17「心血管系カテーテル」シミュレーション医学教育入門.日本医学教育学会教材開発・SP小委員会 編 篠原新社出版:182-188,2011.

[勤務医ニュースNo. 101:2011年6月25日号に掲載]