冠動脈CTという新しい選択肢

大阪医科大学健康科学クリニック 診療部門長
向坂 直哉

生活習慣の欧米化とそれに伴う疾病構成の変遷がみられ、虚血性心疾患や心不全などの心臓病患者は増加の一途をたどっている。“Metabolic syndrome”“生活習慣病”というキーワードの普及も手伝い、患者側の関心も高くなってきている。心臓病は専門医に限らず、一般内科の診療現場においても診断や治療を必要とされる領域である。
われわれ循環器専門医ならずとも胸痛、胸部違和感、動悸などのいわゆる胸部症状を相談される機会は多くなってきているように思う。当然ながら高性能な医療機器と検査技術を備えた施設ばかりではないので、診断に苦慮することも多いであろう。

狭心症の診断は専門医であっても容易ではない場合がある。綿密な問診に加え心臓エコー、負荷心電図などの“非侵襲的検査”を行い、心臓カテーテル検査(CAG)などの“侵襲的検査”の適応有無を検討する。この“非侵襲”と“侵襲”の中間的存在として冠動脈CTがうまれた。

マルチスライスCT(MSCT)の普及および平成20年4月診療報酬改訂による加算対象化により、冠動脈CTは専門病院において虚血性心疾患の標準的検査になりつつある。冠動脈全体の分布や支配領域はもちろん、血管径、分岐、屈曲、プラーク性状、石灰化、病変長、左室機能など多くの情報を提供してくれる。感度90%弱、特異度95%強と高い陰性的中率を示すことから病変の除外に適しており、非特異的な胸部症状や低冠動脈リスク症例には特に有用と考えられている。

また他の検査モダリティと比較して簡便で低コストでもある。検査時間は約15分、造影剤は30ml以下、CAGより安価、何よりも検査自体にリスクが低いことは、医師・患者双方のストレス軽減に大きく寄与している。ある施設では冠動脈CT導入後のCAGは30%減少したものの、カテーテルインターベンション(PCI)は20%増加したというから、医療資源の適材適所化にも大きく貢献していると思われる。
しかしながら、冠動脈CTにも問題がないわけではない。患者に造影剤を投与し放射線被ばくを与える事自体はCAGと同様なので、事前のアレルギー問診と合併症の説明、腎機能チェックなどは怠ってはならない。また検査技術の限界もある。無症状時は正常所見を呈する冠攣縮性狭心症の確定診断には適さないし、意識障害や脳血管障害後遺症、認知症などによる息止め困難、極端な頻拍や不整脈、慢性透析患者に多くみられるような高度石灰化病変、ペースメーカーや植込み型除細動器の留置後症例では著しく画像の劣化をきたし正確な判断ができなくなる。とはいえ機器メーカー各社も目覚ましい速さで画像処理技術の開発を行っており、CTの多列化も進んでいるので、これらのdisadvantageを覆す日も遠くはないと期待する。

これまでは専門医がほぼ独占してきた冠動脈CTという新しい検査モダリティだが、今後は患者に接する機会の多い開業医や一般内科の先生方にも新しい選択肢として広く認識され有効活用されることによって、患者のQOL向上の一助となることを期待している。

[勤務医ニュースNo. 95:2010年6月15日号に掲載]