耳管機能障害の診断と耳管開放症の病態(前篇)
守田耳鼻咽喉科 大阪駅前耳管クリニック
院長 守田 雅弘
風邪をひいたり、鼻が詰まったりしますとよく起こる病気として、一般的には耳管狭窄症といわれている疾患があります。耳が詰まった感じや圧迫感などの耳閉感、自分の声が響いたりする自声強聴が耳管機能障害の一般的な症状ですが、耳管機能障害は、耳管狭窄症だけではなく、耳管開放症、耳管閉鎖不全症なども多いことが最近分かってきています。当方の施設では、いずれの疾患も正確に診断し、診断結果に基づいて治療を行っています。
特に、耳管開放症は、日常生活にそれほど支障をきたさないごく軽症の方を含めると日本人の5%に見られるとも言われているうえに、症状が多彩で、耳鼻咽喉科に限った疾患でもありません。そこで、今回は、耳管開放症を中心に述べたいと思います。
耳管開放症は、耳管機能の把握とともに、次の項目から総合的に診断が必要です。
表1. 耳管開放症の診断の手がかり
- 問診を通じて自覚症状を聞き、重症度を判定する
- 体重減少の既往はないか、また、精神・身体的ストレスの有無を問診で確認する
- 低血圧、自律神経失調症、うつまたはうつ状態などの身体機能障害を把握する
- 鼓膜の呼吸性動揺観察や耳管機能検査を実施して客観的に重症度を判定する
- 画像検査(CT)を実施して耳管の構造的な異常がないか把握する
1.耳管開放症を理解するうえで重要な解剖と機能
耳管は成人では約35mmから40mmの長さで、耳管咽頭口より約3分の2の軟骨部耳管と鼓室側約3分の1の骨部耳管との境目付近に峡部という最も内腔が狭い部分があります。通常は閉じている耳管は、この峡部や軟骨部耳管の外側に付着する口蓋帆張筋が嚥下時などに収縮し、その結果、峡部を含めて耳管が開大することを耳管内の超微細内視鏡検査で筆者は確認しています。
耳管長軸方向に沿った軟骨部耳管の横断面では、耳管腔の内側に耳管軟骨内側板が位置し、口蓋帆張筋とオストマン脂肪体がその外側に位置します。
耳管には大別して、a)換気、b)排泄、c)防御の3つの作用があります。現在、耳管機能検査法として用いられているものは、a)の換気能で、臨床上、耳管開放症の病態を理解するうえで最も重要な機能といえます。換気能とは、外圧の急激な変化に対して中耳圧を調節する機能のことで、嚥下や開口(あくび)などで、下顎神経(三叉神経の第3枝)の支配の口蓋帆張筋が収縮し、耳管が開いて換気が行われ、また、いわゆるバルサルバ(valsalva)通気のように鼻咽腔あるいは外界の圧変化による圧勾配でも耳管は開大します。幼小児では、特に嚥下時など耳管軟骨の支持的働きが不十分ために、嚥下などによる耳管の開大能が障害されやすく、感染防御のための耳管を閉鎖する機能が弱く、強い鼻かみや鼻すすりで容易に鼻咽頭の感染源が経耳管的に中耳へ侵入することができ、急性中耳炎や滲出性中耳炎の原因となります。
図1.耳管の位置と横断面
内腔(安静時):峡部では0.4~0.8mm
オストマン脂肪体は耳管開放症で減少
↓
耳管内腔開放
2.耳管開放症の病態と発症に関与する因子
耳管開放症における自声強聴、耳閉感などの耳症状は耳管狭窄症と同様ですが、呼吸音聴取は特異性が高く、また、めまい、肩こり、うつ状態など全身症状がより強いのが特徴です。
表2.耳管開放症の主な症状
心身症的な側面が強い場合あり。
1)耳症状:耳閉感、自声強聴、呼吸音聴取、耳鳴、難聴 2)めまい 3)声の異常(開鼻声) 4)肩こり 5)頭痛、眼の違和感6)うつ、うつ状態 など
耳管開放症では、ダイエットなどによる急激な体重減少で、耳管周囲の支持組織(特に脂肪組織)の減少が誘因となり易く、食生活の欧米化や運動不足により血液粘度の増加や血管壁硬化などにより耳管周囲の血液循環障害も一因になりえると考えられます。その結果、通常安静時には耳管周囲の脂肪組織や血液のうっ血などによる圧迫にて閉じている耳管内腔が、常に開放あるいはそれに近い状態になるため自分の声が響いたり耳閉感を生じるようになりますし、症状がひどい時は、呼吸音がザーザーと聞こえたり、めまい症状や肩こりが強くなったりします。
本症は、30歳代からの40歳代の女性に特に多く、男性では20歳から30歳代と高齢者に多いのが特徴です。女性においては、妊娠、経口ピルが影響し、低血圧や自律神経失調症を伴うことが多いのも特徴です。男性では肝硬変、心臓疾患、腎臓疾患などの慢性消耗性疾患の合併や胃・大腸など消化管や心臓手術後体重減少の合併を高年発症の半数以上に認めます。いずれの場合でも、症状発現の数年前から発現時までに短期間の急激な体重減少を経験していることが多く、体重が減少後増加し元に戻っても、主に腹部に脂肪が着くだけで耳管周囲の脂肪組織はそれほど増えないため、耳管開放症の発症は、BMIが正常でも体重減少既往がある方で明らかに多くみられます。
3.耳管開放症とその類縁疾患
通常タイプの耳管開放症は、つねに耳管が開いた状態であり、特に重症例では鼓膜の可動性が大きく診断は比較的容易です。その一方で、鼻をすすって自分で調整している耳管開放症、いわゆる鼻すすり型の耳管開放症があります。この病態では、耳管が歩行などで開放を生じてくると、多くは無意識のうちに鼻すすりを何回も行って鼓室内に陰圧をかけてできるだけ鼓膜を凹ませることで耳管の通りをロックし閉鎖する操作を行っています。鼓膜の陥凹があるので耳管狭窄症との類縁の所見を呈しますが、根本的に耳管開放を起こさないために陥凹させている点で異なります。この病態は、どちらかというと20代、30代の痩せぎみのひとに多く、女性にやや多いのが特徴です。高齢者に見られにくいのは、年月が経つと鼓膜の一部が鼓室内へ入り込むか癒着し、根本的な手術が必要な真珠腫性中耳炎などになってしまっているケースが少なからずあることが推察されます。
4.耳管開放症の診断
耳管開放症は、診断基準が日本耳科学会で作成されています。耳症状としては、自声強聴、耳閉感、呼吸音聴取の3つのうちの1つ以上があり、鼓膜の呼吸性動揺や、頭部前屈や臥位などへの体位変換による耳症状改善などがあることが必要になります。さらに耳管機能検査により、より精密な診断が可能ですので、当施設でも施行しています。
耳管機能検査法には、1)音響法、2)TTAG(耳管鼓室気流動態法:インピーダンス法と圧測定法)、そして3)加圧減圧法の3つが主なものになります。より重要な診断法としては、CTによる画像診断が、特に重症の耳管開放症に対しては有用ですので、当施設でもより重症の耳管開放症の診断目的や真珠腫性中耳炎随伴の有無の精査目的などで検査を施行しています。
耳管開放症患者の病因の一つに体重減少の既往の存在があげられますが、全てがそうではなく、一番多いのは、ストレスが過剰に働いて誘因となっていることです。また低血圧や、更年期の女性にも多いこと、自律神経失調症様の所見を呈する例が多いことなどより、これらの主に機能的な因子が関与しているものと思われます。
患者さんに対する生活指導として、ストレスや体重減少の回避、水分のまめな摂取、血流を良くする運動や生活を具体的に指導することで、程度の軽い方は改善する場合があります。詳細な生活指導法とそれ以外の投薬、処置、手術治療については後編で述べさせていただきます。
[勤務医ニュースNo. 126:2015年7月15日号に掲載]