雑感
「営業権はいらないので誰かに診療所を継いでほしい―」。店じまいの気配を察した患者から診察時に「先生、私が死ぬまでやめんといて」と泣きつかれた話が各所から聞こえてくる。以前にも増して深刻な医院承継問題は、インターネットで簡単にマッチングできるものではない。コロナ渦の前は自院の評価を気にする相談が多かったが、度重なる診療報酬マイナス改定に加え、強引な医療DX化、人件費をはじめとする運転資金の高騰で、順調だった医院ですら右肩下がりで先が見えない。本当に泣きたいのは院長の方かもしれない。
最近よく耳にする「手出し(出費)なしで閉院したい」という訳は、たとえ来院患者が減っても突然の閉院で置き去りにできない先生側の苦悩である。紹介状を書いても高齢の患者は易々と適応できない。また、閉める先生にとってもテナントの明け渡し時に生じるスケルトン費用も高額になる。次の借り手が居抜き開業をしてくれたら、お互いの出費を最小にできるメリットがある。
一方、開業を考える勤務医は、働き方改革や今後危惧される開業規制の影響を受けて開業ラッシュが続いている。昨年の大阪の新規開業数は274件(前年比3割増)、過去10年で最高だった。駅前から銀行やパチンコ屋、採算の取れない店舗が撤退し空洞化が進んでいることも相まって、好立地に医療モールが乱立している。ビルや土地のオーナーに鉄道会社も参戦して医療機関の誘致に余念がない。今後も数十年、安定して家賃が得られ清潔な印象なところが医療機関が好まれる理由だが、折しも資材高騰のあおりを受けて医院の内装費も「坪70万は最低ライン」と業者は口をそろえる。資金が潤沢な先生ならイニシャルコストも気にならないが、相談者の多くは開業資金と昨今の低診療報酬を見比べため息をつく。
当然のことながら医院承継等を生業とする会社は儲けを出すことが求められている。彼らのお眼鏡にかからない医療機関は相談対象となりにくく、たとえ売り上げが低い医院も成立した際には容赦なく各社のスキームで最低価格(手数料)を請求される。このような状況で開業希望の若い先生も負担軽減のための策を練る。売上げや立地に気を取られて業者につけこまれないように情報を集め、自身でコミュニティを作り極力業者に頼らず開業を目指す強者もいる。
会員サービスの一環として相談を受ける大阪府保険医協会にも日々閉院や継承、(分院を含む)新規開業、その他の様々な相談が個人・法人問わず寄せられる。中には冒頭のようにお互いの利害を相殺し、ハッピーリタイヤと承継開業を実現させた先生方もいる。「タイミングがすべて」とも言われる世界ではあるが、双方からの相談者が多ければ可能性も拡がる。迷った場合は開業当初に立てたコンセプトを読み返して、初心を振り返る良い機会としてはどうだろうか。(W)