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上昌広の
「これでいいのか日本の医療」

第2回 医師偏在解消のための2か所勤務

私が主宰するNPO法人医療ガバナンス研究所は、東日本大震災以降、福島を中心に被災地の医療支援を続けている。現在10名以上が常勤医として働いている。彼らの生き方は地方の医師不足対策を考える上で参考になるので、少しご紹介しよう。

 

「南相馬と広島・上海で働かないか」

最近、T医師がある医師に提案した。T医師は福島県浜通りで診療する傍ら、福島県立医科大学の特任教授として、多くの大学院生を指導している。この医師はその中の一人で、S氏としよう。

S医師は2012年に東京大学を卒業後、千葉県の病院で初期研修を終え、南相馬市立総合病院の脳外科に就職した。診療の傍ら大学院生として臨床研究を行なっている。

彼が研究テーマに選んだのは遠隔画像診断だ。かつて脳卒中は「東北地方の風土病」と言われた。現在も頻度は高い。脳卒中の診断・治療は急速に進歩したが、東北地方では専門医が少なく成果が充分に患者に還元されているとは言いがたい。遠隔画像診断はこの状況を変える可能性がある。

この問題に取り組んでいるのが、広島市内でクリニックとCTやMR画像の遠隔診断システム開発会社(エムネス社、以下E社と記載)だ。彼らは画像データをクラウドに集約し、グーグルクラウドプラットフォームを利用している。グーグルはこの会社を「テクノロジーパートナー」に認定している。

このシステムを導入した医療機関では、撮影されたCTなどの画像はクラウドにアップされ、この会社と契約する放射線診断専門医が読影する。結果は画像に読影レポートをつけて、クラウドを介して医療機関に戻される。

この会社の売りは料金が安いことだ。それは画像の保管にはグーグルクラウド、やりとりにはインターネット回線を使うため、医療機関は専用回線や専用サーバなどの初期費用を負担する必要がない。費用はMRIやCT1台あたり月額3万円で、読影は一件3000円のため、E社は急速に顧客を増やしている。楽天OBが銀座に立ち上げた脳ドック専門のクリニックや、モンゴルなど海外からの画像も受け付けている。ここまで大量の画像データが蓄積すると、人工知能の研究者にとって宝の山だ。

E社は東京大学発のベンチャー企業エルピクセル社と共同で、人工知能診断を臨床現場に導入している。我々もE社と共同研究を進めている。件のS医師は大学院のテーマとしてE社との共同研究を希望した。

当時、S医師は岐路に立たされていた。彼は南相馬市立総合病院で脳外科を続けながら新しい可能性にもチャレンジしたいと考えている。ところが、彼がE社で診断業務に携わると兼業規制に抵触する。どうしてもやりたければ病院を辞めるしかない。

従来、他の施設が有する先進的技術を学ぶなら、研修目的で出張するのが通常だった。なぜ、S医師はこのような2か所勤務に拘るのだろうか。それはE社との共同研究を、実務担当者として関わらなければ実効性のある仕事ができないと考えたからだ。このためには複数箇所で勤務しなければならない。

ところで、私たちのチームでは複数箇所で働く若手医師が多い。冒頭に紹介したT医師がそうだ。彼は福島県の病院特任副院長を「本職」に、福島県立医大の特任教授および福島県の3か所の病院、東京のナビタスクリニック立川(東京都立川市)で診療している。

また、海外との兼業を始めた者もいる。2012年に東大を卒業したM医師は、総合病院での初期研修を終え、福島県の病院で内科医として就職した。現在は日曜の当直から水曜までをこの病院で勤務し、木曜と金曜は東京のベンチャー企業に取締役として勤務する。この企業の業務はバングラデシュでの医療ビジネス、特に臨床検査ビジネスの立ち上げだ。M医師は、毎月一週間程度バングラデシュで勤務する。仕事柄、地元の医師と交流する。会社の業務の一環として臨床研究を進めるとともに、経済面も含めバングラデシュの若手医師を支援する。昨年はバングラデシュ出身の医師が福島医大の病理学教室に留学した。

このような若手医師の生き方は、私がグランドデザインを描き、強制したわけではない。試行錯誤を繰り返し確立したものだ。

福島での診療はやりがいがある仕事だが、症例数も少なく十分な経験を積めない。特に研究は見劣りがする。幸い福島と東京は近い。東京から南相馬に行くのに要するのは約4時間だ。2か所勤務を続けるうちに、S医師は「東京から南相馬に行くのも、上海に行くのも変わらない」と言い出した。実は私たちは上海の復旦大学と共同研究を続けている。上海はダイナミックだ。意志決定は速く、規模は大きい。現在、ノウハウを有する人材を求めている。復旦大学と共同で『ランセット』のレターなども含め10報以上の学術論文を発表してきた。

上海と東京と所要時間は約3時間。費用は格安航空券を使えば往復で3万円。南相馬と東京を往復するのと大差ない。

超高齢化が進むわが国で、脳外科のような高度医療のニーズは減少する。人口減少が進む南相馬はなおさらだ。南相馬で働きながら、経験を積むのはどうすればいいか。私は東アジアと連携することだと考えている。

地域の医師不足を解決するため、若手医師を地域に強制派遣する議論が盛り上がっている。私は浜通りで活動を続けているが、このようなやり方が上手くいった例をみたことがない。

S医師は「給料は減らされてもいい。非常勤でもいい。この地域に軸足をおいて、さまざまな経験を積みたい」と言う。彼の理想は、週の前半を南相馬市で、後半を広島と上海で働くことだ。先だって病院長に要望を伝えた。

どうすれば若手医師を育てながら、地域医療を守れるか、既成概念にとらわれず柔軟に考えねばならない。

 

(勤務医LETTER No.144 2019年9月)

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