開業5年を振り返って
天王寺区 喜多岡医院
喜多岡 雅典
開業後5年経過し、振り返ってみて現在の感想を述べたいと思います。
基幹病院では、何十年の歴史と何百人の職員による努力の結果、蓄積しているブランド力がありますが、新規開業医の場合にはそれが全くありません。しかし、患者側からすれば大病院も開業医も同じ土俵で自分の体を委ねますから、開業医だからといって低い医療レベルでよいとはいえません。
自らが中心となり数名のスタッフで医院のブランド力を高める努力が必要となります。職員教育などをとおして自院の診療方針や強みなどを理解させ、浸透させるよう気を配ります。いわゆる「みのもんた番組」の中途半端な健康情報と、戦わねばならないこともしばしばです。逆にいくら信頼性の高い大規模試験のエビデンスであっても、たかだか数パーセントの違いからなる有意差は、一般人には共感できないこともわかりました。
当院の現状は60人~80人の外来患者を午前4時間/午後3時間の診療時間にこなし、合間の時間で寝たきり老人訪問診療を、20~30回/月程度行っています。患者の内訳は、主に半径500m以内の住民並びに、近隣の中小企業のサラリーマン本人で、風邪や高血圧など生活習慣病管理が中心です。
年齢の割合は子供3割/生産年齢世代5割/老齢者2割です。生活保護世帯も20件程度レセプトがあります。勤務医時代より収入も多くなりましたが、先の保証は何もありません。代表者には雇用保険も、労災保険も適応されません。診療報酬改定や、地域での風評被害などでふきとんでしまう、いわゆる水商売のようなものであるともいえます。
保険医協会などで、充分な保険に自ら加入する必要があります。
開業医は、事業のすべての実務責任を担当していますから、病院で言えば、院長兼部長兼医員兼事務長兼広報担当兼ケースワーカー兼庶務課長です。当院は家内が看護師なのでかなり助かっていますが、事務長を雇う余裕はありません。私の感覚では、診療に費やす労力半分と診療以外の仕事が半分といった感じです。特に給与支払い者としての苦悩は予想以上で、勤務医時代には予想だにしなかった、トラブルや苦労が次々と起こり、その都度ショックを受けていましたが、あまりにも絶え間なく起こるので、これも勉強のうちと半分諦めてやっています。
優秀な職員はなかなか応募してくれませんし、長く定着させることも至難の技です。当直や緊急呼び出しが少ない分、診療ではいくらか体は楽ですが、あまりにも診療以外の未経験の仕事が多いため、初めて自分が社会人としていかに未熟であったかを痛感します。新卒のフレッシュマンがいきなり社長になったような感じだと思います。
それでは、開業医のやりがいの部分はなんでしょうか?勤務医時代とは違い、一人の人間の、かかりつけ医として、すべての健康問題に関わることができます。
患者側からすれば家族に次ぐ相談者であり、かつ軽症の疾患なら治療者でもあり、重症なら紹介者であり、治療不能の末期なら看取り者となります。患者が亡くなるまで、あるいは患者本人が医者を変えるまでエンドレスの付き合いとなり、それなりの間柄となる方も多いです。末期ガンや、自宅で最期を迎えたいお年寄りなどの場合は、本人や家族の人生観や死生観を問いながら、100点満点の正解のない難問に、ともに挑んで行く戦友となります。共に悩んで共に苦労した経験はかけがえのないものとなり、深い信頼の絆が得られることもあります。
その昔、お寺の僧侶が行っていたような癒しを、現代医学を駆使しながら心身両面から実行していくのが、かかりつけ医の究極の役割なのかもしれません。
[勤務医ニュースNo. 69:2005年10月15日号に掲載]