外科医がメスを置く時

東住吉区 西村医院
西村淳幸

 「メスを置く」とは外科特有の表現で、外科医が手術をやめる、あるいは手術から遠ざかることを意味します。また、「手を下ろす」とは手術を終えるか、手術を外れて「清潔」でなくなった状態をさします。外科医の「開業」とはまさに「手を下ろし」、「メスを置いた」状態になります。

 東住吉区で開業して 7 年目になる元腫瘍外科医です。当初のことを思い出して改めて「メスの置き方」を考えてみました。地縁、血縁はおろか病―診連携の後送病院もないまま開業しました。小児と婦人科以外は手がける開業医になり、当初は戸惑うことばかりでした。当然のことながら、患者数はリサーチの最低限のさらに底を這うようなありさまで、掃除以外には取り立ててすることもなく、2 ~ 3 ケ月で少し嫌気がさしていた頃のことでした。上部消化管内視鏡検査で、粘膜内胃癌 2 例と、微小十二指腸カルチノイド 1 例が立て続けに見つかったのです。

 さあどこの病院に紹介しよう、どの先生に EMR やってもらおうと患者さんより当の開業医の方が大騒ぎでした。この大騒ぎを通して、実は自分で手術をシミュレーションして、自分のイメージどおりの手術をやってもらえる施設と、外科医を探していたことに気づきました。「メスを置く」どころか、まさに自らバーチャルメスを振るっていたのです。

 幸いなことに患者さんたちは、学会や論文で見知った先生のいる近隣の施設に紹介することが出来、いずれも良好な結果でした。手術の現場を離れると、技術はおろか知識も陳腐化するという大原則を忘れてのバーチャルメスです。

 この反省から、現在は手術に対する勝手な夢想はやめにして、患者さんにはセカンドオピニオン(最初に診断するのは開業医なので次の段階で、診断の妥当性、手術の可否を紹介施設に求める意味で)を受けるに十分な施設と外科医を紹介するように心がけています。当然そのためには、医学雑誌抄読、学会、研究会への参加などが必要ですが、学会参加も地理的、時間的制約に阻まれて思うにまかせず、理想と現実の乖離に悩んでいます。

 これが自分自身の「メスの置き方」です。

[勤務医ニュースNo. 61:2004 年 4 月 25 日号に掲載]