胎児とマグネシウム

関西医科大学滝井病院 小児科
高屋 淳二

 胎児の発育には各種栄養素、ミネラルが必要とされ、これらは母体から胎盤を経て供給されます。近年、その不足による子宮内発育遅延と成人期の生活習慣病が関係するという疫学データが報告されました。Barkerらは大規模な疫学調査からFetal programming theoryを提唱しました1)。この仮説は胎児期の低栄養に対する適応(倹約表現型)によって代謝・内分泌・生理機能などがプログラムされ、将来成人になってからの疾病(高血圧、虚血性心疾患、2型糖尿病、高脂血症などのいわゆるメタボリックシンドローム)を発症するというものです。一方、低マグネシウム血症がメタボリックシンドロームと相関する疫学・実験データは数多く報告されています。母体のマグネシウム摂取不足が胎児のマグネシウムバランスと出生後の将来にも影響すると考えられます。私たちはヒト臍帯血の細胞内マグネシウムが出生体重と有意な相関があり、しかもインスリン抵抗性を示す指数とも強い相関があることを報告しました2)。すなわち、胎児期の細胞内マグネシウムの低下が、将来のインスリン抵抗性を決定することを裏付けました。
最近では、胎児期のみならず乳児期に臨界期が存在し、その時期までにセットされた素因が、将来の疾患発症を決定するという動物実験のデータが報告されています。遺伝と胎児期環境の要因に加え、エピジェネティクスがその機序解明の手がかりといえます。エピジェネティクスとは、「DNA配列の変化を伴うことなく、後天的な作用により変異が生じる機構」で、胎児期や新生児期の環境が細胞分裂を経ても維持されます。その本体は、DNAのメチル化や染色体ヒストン蛋白質のアセチル化であることが判明しています。
動物実験では妊娠中にたとえ低栄養であっても、母獣に葉酸やビタミンB群を投与するとエピジェネティクス変化により、仔の形質発現を変える報告がみられます。マグネシウムはビタミンB群や葉酸とともに酵素活性を補助することが知られています。私たちは、母体のマグネシウム欠乏により、胎児の体重増加不良がもたらされ、しかも仔にエピジェネティクス変化が生じることを報告しました3)。仔へのマグネシウム補充でメチル化が修復できるならば、生活習慣病のあらたな予防対策が期待できます。
出生体重が2,500g未満の低出生体重児が、わが国では10人に1人という高率になってきました。これは若い女性のやせ願望によるダイエットに拍車がかかり、母親になるべき女性の栄養バランスのみだれが原因と考えられます。ボデイ・イメージは思春期から強く意識しだすことから、中高校生、大学生に対して、それぞれの年齢に応じた食育が大切です。マスコミやファッション業界が痩せ偏重から脱皮して、若い女性の健康美の魅力をアピールしていただきたいものです。

参考文献

1) Barker D. Fetal origins of coronary heart disease. BMJ. 1995, 311:171-4.
2) Takaya J, et al. Intracellular magnesium and adipokines in umbilical cord plasma and infant birth size. Pediatr Res. 2007, 62:700-3.
3) Takaya J, et al. Magnesium deficiency in pregnant rats alters methylation of specific cytosines in the hepatic hydroxysteroid dehydrogenase-2 promoter of the offspring. Epigenetics. 2011, 6:573-8.

[勤務医ニュースNo. 106:2012年4月25日号に掲載]