パパニコロウ日母分類から米国発世界標準ベセスダシステムへ 婦人科細胞診の話題

関西医科大学滝井病院病理部教授
四方 伸明

 細胞診と言う言葉を知らない本会会員はいないでしょうし、パパニコロウという耳慣れない単語を聞き覚えている方も多いのではないかと思う。パパニコロウ博士はギリシャ人である。第1次大戦後米国のコーネル大学に渡り性周期毎の膣剥離細胞の形態変化を観察するうち子宮頚部扁平上皮癌患者の細胞に遭遇し、段階的に異型性を示す剥離扁平上皮細胞の形態から前癌病変の癌化リスクを把握しうることを発見しパパニコロウ染色による異型度分類法を確立した。このパパニコロウのクラス分類Ⅰ~Ⅴは日本の細胞診に定着し日母分類として、日本の消化管のグループ類と伴に癌への段階が理解し易く、分類としてこちらは世界的であり普遍不動の様に思っていたところ数年前に「海外ではパパニコロウ分類で書いた論文は受理されない。」との話を聞き戸惑った。世界の細胞診の判定法はベセスダシステムヘ移行していたのだ。20年前、ワシントンポスト紙が、パパニコロウ分類に基く米国の細胞診の正診率の低さを告発したのをきっかけに新たに創設された判定法がベセスダシステムである。

病理の世界では、病理形態的に金科玉条の様に考えられていた存在や診断、疾患概念が技術の進歩とともにひっくり返ったり消えたりしている。大きなきっかけは免疫染色の登場であった。非上皮性腫瘍といっていたものが上皮性であったり、その逆やリンパ腫の領域や軟部腫瘍で流行り廃れの様に変遷があった。H&E染色での形がどうであれ、質的な真実を突き付けられれば概念も診断名もそれに変更せざるを得ない。更に最近では、遺伝子による分子病理診断もそれが病気の本質により近いだけに合わし加味しなければならなくなっている。

話をもどす。パパニコロウ分類クラスIIIaに「軽度異形成」と「中等度異形成」の両者が含まれ且つ両者間で癌化に有意差があることがわかった。よって、両者を区別しないクラスIIIaとの異型度分類の回答のみでは予後を予測した適切な管理と治療の対応ができないわけである。また、不十分な数の検体細胞で無理をしてパパニコロウのクラス分類を行った為、偽陰性や誤陽性を引き起こしたこともあり、べセスダシステムでは不適材料では判定してはならないことになった。ベセスダシステムでは適切な標本で、癌化への進行リスクの低い軽度扁平上皮内病変「LSIL」と癌化への進行リスクの高い高度扁平上皮内病変「HSIL」とに大別し、軽度異形成か中等度異形成以上かの推定病理診断と所見・診断理由の記述も必須となった。そして、次に加味すべき病因としてのHPV(ヒトパピローマウイルス)の遺伝子検索から両病変で感染HPVの種類が異なり「HSIL」では発癌ハイリスクHPV16型18型の感染があることもわかってきて、細胞診で両病変を区別できることで今後ワクチン治療との関連や患者管理上の意義も出てきた。これらの理由で、「LSIL」か「HSIL」かの2者択一で判定し易く癌化リスク判断に有意義なベセスダシステムが取って代わったわけであるが、20年前品質管理に優れた日本の細胞検査士ならたとえパパニコロウ分類でもこんな杜撰な低正診率の判定はしなかったであろうし、指摘された分類クラス毎の曖昧さも定期的に日母分類を全国規模で原分類の定義を現実に即し見直し改善し締めなおし周知すれば対応可能であったろうにと思われる。ただ、律儀なだけに鎖国化やガラパゴス化に陥り易いのも歴史的に見て日本人の特性であり注意を要する。

ベセスダという地名を聞けば、NIHを先ず思い出すのが医学関係者でしょうが、幕末隣接するバージニア州ノーフォーク軍港から出航したペリー艦隊の事を思うと、このベセスダシステムという黒船に対し律儀な故に鎖国状態であった日本の病理細胞診や婦人科の先生方がよく対応されんことを祈るところである。
ベセスダシステムの全詳細と細胞診結果に基く臨床側の運用例とは、日本産婦人科医会ホームページ;「ベセスダシステム2001準拠子宮頚部細胞診報告様式の理解のために」を参照ください。

ベセスダ分類とクラス分類、異形成、CINとの関係

The 2001 Bethesda System LSIL HSIL(HPV16型18型感染) SCC
日母分類 クラスIIIa クラスIIIb クラスIV クラスV
異形成分類 病理組織診断 軽度異形成 中等度異形成 高度異形成 上皮内癌 扁平上皮癌
CIN分類 CIN1 CIN2 CIN3

[勤務医ニュースNo. 98:2010年12月15日号に掲載]