「性加害者への治療」の実態、求められる支援など 『性嗜好障害』は、依存症の病気であり、治療方法が確立している
子どもの性被害報道が続いています。政府がこどもや若者の性被害防止に向けた「緊急対策パッケージ」を取りまとめ、電話相談や情報発信などの啓発を強めていくとしています。
今年7月には、性犯罪に関する規定を見直した刑法が改正され、今後、性犯罪歴を持つ人物が保育・教育などに関わる仕事から排除するための仕組みの導入が検討されています。その一方で、性犯罪加害者の更生などへの支援策は諸外国と比べ、大きく後れを取っています。
性犯罪および再犯防止のためには、医学的な治療も含め、社会復帰の支援が不可欠です。新たな被害を生まないために、性加害者への治療に取り組んでおられる精神科医の福井裕輝先生に、治療の現場から見えること等お話頂きました。
インタビューは事務局
インタビュー日時 8月18日
――先生の著書『子どもへの性暴力は防げる!-加害者治療から見えた真実』では、性加害者は「性嗜好障害」という病気が影響していると指摘されています。まず、「性嗜好障害」、「小児性愛障害」について、病気の定義について教えてください。
「性依存」という言葉が世間で広く使われていますが、医学用語では「性嗜好障害」と言います。ただし、「性依存」はもっと広い意味で使われ、風俗通いが止められない・不倫など犯罪性がないものも含まれます。一方、「性嗜好障害」は「同意ない相手へののぞきやわいせつ行為、強制性交などへの欲求があり、そのコントロールがきかない状態」で「法律に抵触することは認識していても、分かってはいるがやめられない」という病気です。性嗜好障害には下位分類がいくつかあり、特に対象が小児に向くことを「小児性愛障害」といいます。
日本では保険診療として治療が認められていないため、一般の医療機関に相談しても「治療の対象ではない」とすべて門前払いされ、患者が自分で調べて当センターに相談に来る場合が多くあります。
(性嗜好障害の分類)
別名パラフィリア障害 DSM-5(アメリカ精神医学会作成の心の病気に関する診断基準)性嗜好障害には窃視障害(のぞきや盗撮)、窃触(ちかん)、小児性愛障害などがあり、これらの嗜好性のために何らかの問題が生じている状態のこと
――治療の内容や期間などはどのようなものになるのでしょうか
本人、家族からの問合せや医療機関からも紹介もありますが、事件化し、弁護士を通しての相談が6割から7割を占めています。
相談があれば、図の通りに説明をしています。
治療を受ける前にアセスメントを行います。アセスメントでは本人の生い立ちを系統的に聞いていき、また心理検査、IQ検査や必要に応じて脳の画像検査、血液検査なども行っています。
治療では、本人の状態に合わせて認知行動療法を中心に進めながら、リスクが高まった場合などに一時的に薬物療法(ホルモン療法)を併用しています。治療の最終目標は、「自分の力で行動がコントロールできる」ことなので、1年単位でリスク評価し、延長が必要なのかどうか患者と話し合いをしながら治療期間を決めています。一般的には3年から5年の治療期間となっています。
――加害者の対策や支援で各国に大きな差があります。日本で必要な支援はどのようなものでしょうか。
国によって法制度などは異なりますが、欧米各国では性犯罪だけではなく、虐待、ストーキング、放火など危険度の高い行為の常習者についての治療や社会復帰に向けた支援策が充実しています。厳罰化だけでは再犯を防ぐことはできず、治療を含めた社会復帰支援に予算を割くほうが、長期的には経済的コストも少ないという認識です。また、患者のリスクアセスメントや治療法に関する専門的な研究施設があり、精神科医・心理士などが熱心に研究しています。
日本では加害者への厳罰化がすすめられ、今後加害者情報をデータベース化することや教員資格の要件に入れるとの話が出ていますが、諸外国のような支援策はほぼありません。例えば治療費や社会復帰への支援などを法制化し、予算整備をするのが望ましいのですが、国会でこの話をすると与党国会議員では好意的な反応があるものの、役所の反応は乏しく、簡単にいかないという印象です。高額な治療に耐えられない患者もいるため、対策が必要と感じています。
また、日本では専門的な治療を受けられる医療機関が少ないこともあります。依存症の治療の一環として、東京では2箇所くらいが若干扱っている程度と聞いています。
――最後に医療者に伝えたいことはありますか
性加害者の治療は自分たちには手に負えないというイメージを持つ医師の方々もおられますが、患者たちは困っていて、何とか再犯を止めたいという感情があり、治療意欲が乏しいということはありません。
かつて精神に障害がある者も単なる「ワル」も、社会的に逸脱した者は単純に隔離して排除するといった時代がありました。そのなかで、近代精神医学の祖と言われるフランスの精神科医のフィリップ・ピネル氏が最初に提唱し、病気があるならば、隔離するだけでなく治療して社会に戻すべきという概念が生まれ、現代の精神医学へと繋がっています。最初は治療しやすい病気から始まって、徐々に治療法が確立して治療対象が広がってきたという歴史があります。性加害者をただただ隔離していても、再犯防止にはほとんど役に立ちません。この状況に医療従事者ができることは少なくないと考えています。性加害者に対する医学教育も全くなされていない状況なので躊躇する面もあるでしょうが、基本的にはアルコールを含めた他の依存症の治療モデルで進められるものなので、特に若いドクターには勇気を持って治療に関与してもらえることを期待いたします。
福井 裕輝(ふくい ひろき) プロフィール
京都大学博士(医学)、精神科専門医、精神科指導医、精神科判定医
性障害専門医療センター(SOMEC)代表理事、センター長
1999年京都大学医学部卒業。京都大学医学部附属病院精神神経科、京都医療少年院、国立精神・神経センターなどを経て、2010年にNPO法人性犯罪加害者の処遇制度を考える会、2011年に性障害専門医療(SOMEC)設立。
内閣府性犯罪被害者支援に関する検討委員会委員、警察庁ストーカー行為等の規制等の在り方に関する有識者検討会委員、大阪府青少年健全育成審議会委員、大阪府警察本部ストーカー対策大阪ネットワークアドバイザーなどでも活動されている。
著書は2022年9月に『こどもへの性暴力は防げる―加害者治療から見えた真実』((株)時事通信社)をはじめ執筆多数。
性障害専門医療センター(SOMEC)
東京・大阪・福岡にオフィスあり
ホームページアドレス https://somec.org