第18回 医療DX化と電子処方箋について

2023年5月12日

廣田 憲威(ひろたのりたけ)
薬剤師 博士(薬科学)
社会薬学研究所 所長
一般社団法人 大阪ファルマプラン 理事

 

 

今回のテーマは、医療のDX化と2023年1月から運用が開始されている電子処方箋についてです。

一般社団法人 大阪ファルマプラン 廣田憲威

医療DX化とは

近年、デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation:DX)という言葉が国の政策の中で多用されています。ではDXとはどういう意味でしょうか? 英語を直訳すると「デジタル革命」となりますが、筆者をはじめピンとこない方も多いと思われます。そもそもDXは、スウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が2004年に提唱された概念で、「進化し続けるテクノロジーが人々の生活を豊かにしていく」という考え方です。DXが及ぼすのは単なる「変革」ではなく、デジタル技術による破壊的な変革を意味する「デジタル・ディスラプション」という意味も含まれ、既存の価値観や枠組みを根底から覆すような革新的なイノベーションをもたらすものとされています。

本格的にわが国の政策の中にDXがいつから登場したのかというと、2020年7月17日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2020」(いわゆる「骨太方針」の2020年度版)が最初です(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2020/summary_ja.pdf)。ここでは新型コロナウイルス感染症によって浮彫になった課題として、デジタル化・オンライン化の遅れをあげ、ポストコロナ時代の「新しい日常」を実現するために、あらゆる政策でのDX化を進めることが強調されました。とりわけ医療分野では、電子処方箋・オンライン服薬指導・薬剤配送によって、診療から薬剤の受け取りまでオンラインで完結する仕組みを構築することが打ち出されました。さらに2022年の「骨太方針」(2022年6月7日閣議決定)では、厚労大臣をチーム長とする「医療DX令和ビジョン2030厚生労働省推進チーム」が設置され、①全国医療情報プラットホームの構築、②電子カルテ情報の標準化、標準型電子カルテの検討、③診療報酬改定DX化、を目標にして強力に取り組みが進められています。

 

電子処方箋について

電子処方箋は、昨年の通常国会で成立した改正薬機法において、「医師等が電子処方箋を交付することができるようにするとともに、電子処方箋の記録、管理業務等を社会保険診療報酬支払基金等の業務に加え、当該管理業務等に係る費用負担や厚生労働省の監督規定を整備する。」ことが法律に位置付けられました。そして、山形県酒田市をはじめ全国4ヶ所でモデル事業が実施され、本年1月26日より運用が開始されています(法律の施行は1月1日付)。

電子処方箋の仕組みは図に示すようなもので、オンライン資格確認システムをベースに、医師が処方する段階でも既に処方された情報を電子的にチェックすることができ、同じことは薬局でも行えることができるという、日々、処方箋の疑義照会で悩まされている薬局・薬剤師にとっては「夢」のようなシステムとなっています。しかし、本当に夢のようなシステムなのでしょうか? 少なくともオンライン資格確認システムが全国全ての保険医療機関、保険薬局に浸透していない今日においては、電子的な重複投薬等のチェックは「絵にかいた餅」にすぎません。オンライン資格確認システムが完全に普及するまでに電子処方箋を導入すること自体、新たな混乱を招きかねないと思っています。

 

図 厚労省が示す電子処方箋のシステム

厚生労働省医薬・生活衛生局
電子処方箋の概要案内(薬局) 令和4年11月 1.2版

https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001015593.pdf

 

もうひとつ大きな課題としてあるのが、医師・歯科医師・薬剤師の身分を証明し、印鑑の代わりに電子署名をすることができるHPKI(Healthcare Public Key Infrastructure: 保健医療福祉分野公開鍵基盤)カードの取り扱いです。電子処方箋に対応できる医療機関では、患者が来院された時点で、電子か紙媒体の処方箋のどちらを選択されることになるため、医師によっては「私は電子処方箋を発行できません」といった対応ができないことになります。一方、薬局では薬剤師がHPKIカードを持っていなくても、電子処方箋のダウンロードをすることができますが、調剤内容を電子処方箋管理サービスにアップロードする際にはHPKIカードは必須となります。4月23日現在、電子処方箋を発行できる医療機関は全国で270か所(病院:9、医科診療所:250、歯科診療所:11)、薬局は3082か所という状況です。ちなみに大阪府では、病院:1(貝塚市立貝塚病院)、医科診療所:22、歯科診療所:1、薬局:255となっています。医療機関で対応が進まない大きな要因に、大学病院をはじめとする基幹病院では、全医師にHPKIカードを所有してもらうことや、電子処方箋発行のための電子カルテ等のシステムの対応が間に合っていないことから、今年度内の電子処方箋を見送られているようです。しかし、IT技術に長けたクリニックの院長は既に準備されておられるところもあると想定して、筆者の薬局では電子処方箋を受付けられる準備を進めているところです。薬局としても矛盾に満ちた対応をせざるを得ない状況にあります。

HPKIカードの発行手続きについても混乱があります。厚労省はカードを普及させるために「2022年度地域診療情報連携推進費補助金」から1人当り最大5,500円をHPKI認証局に補助する方針を出しました。しかし、日本医師会の場合、会員:無料、非会員:2,750円ですが、日本薬剤師会では会員:14,300円、非会員:20,900円と、医師と薬剤師との間で大きな開きがあります。さらに、薬局業界ではHPKIカード自体がマイナンバーカードと同様に個人に帰属することから、その費用負担についても法人負担や個人負担など様々です。国策として電子処方箋システムを運用するのであれば、少なくともHPKIカードについては無料で全ての保険医と保険薬剤師に交付するべきだと思います。

 

医療DX化をどう考えるべきか

全国保険医団体連合会をはじめ各都道府県の保険医協会では、オンライン資格確認の義務化反対をはじめ、医療DX化に反対の立場をとられておられます。筆者も、今の政府の進め方であれば、結局のところ患者や医療機関・薬局にとってメリットはほとんど無く、IT関連企業が儲かるだけの構造であると考えています。しかし、患者の人権と個人情報を十二分に保護した上で、医療情報が全国共通のプラットホームで活用できることになれば、検査や投薬の重複を避けることができ、これにより患者は大きなメリットを得られることとなり、医療費の適正化にも大いに貢献できるのではないかと考えています。さらに、医療ビックデータが構築されることで、医学・薬学分野の研究面でも期待されるところです。そういった未来は想定されるも、今の大企業優先の政治を行う政権下では、患者の利益よりも企業の利益が優先されることは間違いなく、拙速な医療DX化については止めるべきだと考えます。