本邦における子宮頸がんとその予防の実情

大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学 講師
上田 豊

本邦における子宮頸がんの実情

 子宮頸がんはその生機序がかなり明らかになっており、最も重要な因子は高リスク型ヒト・パピローマウイルス(HPV)の持続感染である。HPVには多くの遺伝子型が存在し、特に16・18型が最も子宮頸がんの発症と関連が深い。HPVは性交渉によって子宮頸部へ感染するありふれたウイルスで、ほとんどは免疫機構によって排除されるが、持続感染すると、前がん病変そして浸潤がんへと進展する。
 子宮頸がんは先進国ではどんどん減少しており、オーストラリアでは根絶も視野に入って来ている。一方、低医療資源国では子宮頸がんで命を落とす女性が跡を絶たない。では、日本ではどうであろうか。大阪府がん登録データを用いて1976~2012年に診断された子宮頸がん症例において解析を行ったところ、年齢調整罹患率は1976~1983年(APC:annual percent change=-3.9, 95
% CI:-5.6~-2.1)、1983~1991年(APC=-7.2,
95% CI:-9.0~-5.2)、1991~2000年(APC=-3.2, 95% CI:-5.1~-1.3)と、有意に減少していたが、2000年以降有意な増加に転じていた(APC=3.8, 95% CI:2.7~4.8)(図)。特に、検診での発見が難しく、また治療抵抗性のことが多い腺がんは、39歳以下において年齢調整罹患率が一貫して増加していた(APC=5.0, CI:3.9~6.0)(Yagi A et al. Cancer Res. 2019;79:1252-1259)。

子宮頸がん検診における子宮頸がん予防

 子宮頸部細胞診による検診は子宮頸がんによる死亡率減少効果を示し、有効ながん検診手法である。しかしながら、有効性評価に基づく子宮頸がん検診ガイドラインによると、その感度は50~80%程度、特異度は70~90%であり、検診の限界を理解する必要がある。子宮頸がん検診で前がん病変のCIN3と診断された場合には子宮頸部円錐切除術が行われることが多いが、円錐切除術を行うとその後の妊娠で早産となる確率が約2割にも上る。また、受診率が低く、最も受診が望まれる若年女性では高々2~3割程度である。

HPVワクチンによる子宮頸がん予防

 本邦においては、HPVワクチンは2010年度に13歳~16歳を対象とした公費助成が開始され、2013年4月からは12歳~16歳を対象として定期接種となった(2価ワクチン・4価ワクチン)。しかし、いわゆる副反応報道が繰り返し行われ、同年6月には厚労省から積極的勧奨の一時差し控えの声明が発出された。それまで全国的に70%程度であった接種率は激減し、現在ではほぼ停止状態となっている。
 HPVワクチンの有効性はすでに海外では広く示されており、フィンランドやスウェーデンからは浸潤がんの予防効果が報告され(Luostarinen T et al. Int J Cancer. 2018;142:2186―2187、Lei J et al. N Engl J Med 2020;383:1340-1348)、また、男女とも接種率が高いオーストラリアでは集団免疫の獲得も報告されている(Tabrizi SN et al. Lancet Infect Dis. 2014;14:958-66)。国内でも、前がん病変の予防効果などはすでに明らかとなっている(Ueda Y et al. Sci Rep. 2018;8:5612、Yagi A et al. Vaccine. 2017;35:6931-6933)。
 安全性についても、WHOは勧奨を中止しなければいけないような安全性の問題は確認できないとし、日本の勧奨差し控えを、将来真の害を生み出すことにつながりかねないと批判している。国内においても、名古屋市の調査にて、ワクチン接種後に報告されたような多様な症状の出現頻度が、ワクチン接種者と非接種者で有意な差がないこと、すなわち、HPVワクチン接種と多様な症状との因果関係は否定的であることが示されている(Suzuki S et al. Papillomavirus Research 2018;5:96-103)。
 積極的勧奨の差し控えの継続により、HPVワクチン接種率に生まれ年度間格差が生じており、それはすなわち将来の子宮頸がん罹患・死亡リスクにおける生まれ年度間格差ということになる。すなわち、1994~1999年度生まれの女子では、公費助成時代のHPVワクチンの高い接種率によりHPV感染リスクが著明に減少し、将来の子宮頸がん罹患リスクが減少することが確実であるが、2000年度以降生まれのワクチン停止世代では、将来の子宮頸がんの罹患率・死亡率の上昇が懸念される(Tanaka Y et al. Lancet Oncol, 2016;
17:868-9)。一刻も早い積極的勧奨の再開に加え、2020年7月に薬事承認された9価ワクチンの定期接種への導入や、対象年齢を超えた女子への接種の助成、男子への接種などが強く望まれる。