頭痛への漢方治療

なかつ神経内科クリニック(脳神経内科)院長 西田 博昭

 頭痛はcommonな脳神経内科疾患である。頭痛診療の基本は、「国際頭痛分類第3版」に基づき診断し、「慢性頭痛の診療ガイドライン2013」などに準拠した標準的治療を「頭痛ダイアリー」などの記録でフィードバックしつつ行うことである。
 我が国では、欧米に10年遅れて1999年以降からトリプタン製剤が使用可能となり、片頭痛治療環境が大きく変化した。トリプタン製剤で全てが解決するかと期待されたが、トリプタン製剤だけでは解決できないケースや緊張型頭痛が取り残されてしまった。そこで、「困った時の漢方」として、漢方の出番である。「慢性頭痛の診療ガイドライン2013」で症例集積研究以上のエビデンスで推奨される漢方薬は、呉茱萸湯、桂枝人参湯、釣藤散、葛根湯、五苓散の5方剤のみだが、“西洋薬”治療のみで効果不十分な場合でも、ガイドラインでの推奨の有無にかかわらず、漢方薬併用で治療効果が高まることが経験される。
 西洋医学の頭痛分類も大切であるが、漢方での頭痛治療の原則は、頭痛だけでなく、非特異的症状(のぼせ、冷え、胃腸症状)や心身全体の観察が必要である。処方選択の原則は全身状態から処方を考える。例えば、胃腸機能低下し、新陳代謝も衰え、手足の冷えの強いケースでは胃腸機能を賦活する人参を含む処方(半夏白朮天麻湯、桂枝人参湯など)、のぼせて赤ら顔で筋肉の発達のよい頭痛では、“冷やす”治療=黄連を含む処方(黄連解毒湯、三黄瀉心湯など)、胸脇苦満の腹証のある頭痛では柴胡剤(大柴胡湯、柴胡加竜骨牡蛎湯など)、v 【症例1】 呉茱萸湯が奏効した重度片頭痛の30歳代女性。18歳頃からの「頭痛もち」。体動で悪化する嘔気・嘔吐を伴う拍動性頭痛を頻回に繰り返し、生活支障が高度になった時点で初診。当初は、標準的予防療法の塩酸ロメリジンやアミトリプチリンをベースに、経口や点鼻トリプタン製剤頓用で日常生活をなんとか維持していたが、やがて、片頭痛頻度、重症度とも著増した。ベラパミル、プロプラノロール、バルプロ酸、プレドニゾロン等の組み合わせなどのガイドラインで推奨される予防療法を数々試みたが、高度の眠気や倦怠感などの副作用にも悩まされ、十分量の継続は不可能だった。また、トリプタン製剤の効果も減弱し、月に20回以上の片頭痛発作のため日常生活に大きな支障を来し、さらに、嘔吐が続き、脱水状態になることもあり、入院も繰り返し必要だった。そこで、呉茱萸湯エキス製剤7.5gを開始したところ、片頭痛は著減し、スマトリプタン点鼻液使用量も著減した。やがて、最後まで治療抵抗性だった月経時片頭痛もほぼ消失し、呉茱萸湯は約3年で廃薬できた。その後は、年に1~2回程度のスマトリプタン点鼻液頓用で過ごせるほど改善した。
 【症例2】 抑肝散加陳皮半夏が奏効した歯ぎしりが強い緊張型頭痛の50歳代男性。職業はデータ監視でほとんどがCRT作業。30歳代から1~2回/月程度の絞扼性頭痛があったが、現職場に配置転換後から頭痛はほぼ連日繰り返すようになった。頭痛は左耳の奥から前頭部の絞扼性頭痛だったが、連日繰り返すために生活支障が生じた。肩凝りや項部のコリが常にあり、頭痛時に増強した。しばしば左耳鳴も伴い、歯ぎしりも強かった。エペリゾンとメチルコバラミンで治療するも改善なかったが、2週後から抑肝散加陳皮半夏エキス製剤7.5gを開始すると、翌日から絞扼性頭痛は消失し、再発もなく経過し、3ヶ月で廃薬できた。2年後に再発のため、抑肝散加陳皮半夏エキス製剤7.5gを再開したが、今回は頻度は不変で、重症度軽減のみに留まった。それでも、開始3ヶ月後に頻度は半減し、その1ヶ月後には頭痛消失し、廃薬できた。
 【症例3】 呉茱萸湯と五苓散の合方が奏効した重症透析頭痛の60歳代女性。20歳代から年数回程度の拍動性頭痛があったが、50歳以降は完全に消失していた。慢性糸球体腎炎からの慢性腎不全で、58歳頃から腹膜透析開始。同時期から軽症頭痛が再開し、血液透析に変更時点から頭痛は増悪し、嘔気を伴う強い頭痛を繰り返し、血液透析の度にNSAIDs服用が必要となった。頭痛が重症化し入院となることもあった。バルプロ酸は無効時点で当科初診。呉茱萸湯エキス製剤7.5g分3常用および透析当日に五苓散エキス製剤7.5g分3服用とし、抑制しきれない場合は、スマトリプタン錠追加服用とした。1週目から頭痛強度は軽減し、スマトリプタン錠1錠のみでコントロール可能になり、2週目からは予兆時に呉茱萸湯2.5gと五苓散2.5gとナウゼリン錠10mgの追加服用のみで3割程度は抑制可能になった。4ヶ月後には鎮痛剤は全く不要となり、スマトリプタン錠も月1回のみと著明改善し、一旦廃薬できた。しかし、2ヶ月後から頭痛再発し、五苓散5g+呉茱萸湯2.5g常用および透析時追加服用とし、翌月以降は呉茱萸湯エキス製剤+五苓散エキス製剤を、透析前夜・透析前・透析中・透析後に各1包ずつ服用するだけでスマトリプタン錠使用は3回/月に著減した。
 透析頭痛の治療法は定まっておらず、欧米ではmajor tranquilizerによる効果が報告されるだけで、慢性頭痛診療ガイドラインでも透析頭痛標準的治療の記載はないが、本例のように漢方薬が奏効する症例があるので、安全性に優れた漢方治療は試みられるべき治療法である。

 頭痛治療に漢方薬は相性が良く、奏効するケースもしばしば経験される。我が国は、一人の医師が西洋医学も漢方医学も公的医療保険制度で同時に行える恵まれた環境にあり、西洋薬と漢方薬のコラボレーション療法も可能である。多くの医師は漢方医学教育を受けておらず、漢方診療を躊躇しがちであるが、基本的な漢方知識の学習後に、怖れずに、自分の専門領域で実際に使ってみて経験を積むことをお勧めしたい。


頭痛の繁用漢方処方ワンポイント
(使用の際には、最新の添付文書を確認の上、適正にご使用ください)