服薬忘れを防ぐ「心房細動アプリ」―医療現場にデジタルヘルスを活用する―

京都府立医科大学 不整脈先進医療学講座 特任助教
妹尾恵太郎

 近年、スマートフォンアプリケーションやAI(Artificial Intelligence)技術を用いたデジタルヘルスの活用が、医療現場で増加しつつある。我々は昨年より「心房細動アプリ」(※)の開発を行い、今春全国に無料公開を行った。今まで忘れがちであった服薬管理をスマートフォンによって行う、そんな時代の到来である。
 私が所属する京都府立医科大学不整脈先進医療学講座は、ICT(Information and Communication Technology)を活用した最新技術の開発によって不整脈診断および治療を向上させるべく2018年3月に新設された。「ICTによる医療を患者さんにとって身近なものに」をテーマに、医療とデジタルをかけ合わせた臨床研究を行っている。
 今回は、その中でも心房細動アプリについてご紹介する。
 そもそも心房細動は不整脈の一種で、心房が細かく震え血液を全身に送り出せなくなる病気である。加齢とともに発症率が高くなり、65歳以上を中心に患者数は国内で100万人以上いると言われている。1)具体的な症状は動悸、息切れ、めまいといったように直接死に至るものではないが、心臓のポンプ機能が低下するため心不全に至ったり、心臓内に血栓ができ体内に流出して脳梗塞を引き起こしたりする。特に、心房細動によってできる血栓は非常に大きく脳の太い血管に詰まりやすいため、脳梗塞や全身性塞栓症になると、寝たきり、車いす介助、死亡と重症化しやすい傾向にある。2)
 抗凝固薬により6割以上の心房細動患者が脳梗塞発症を抑えることができるが、約4割の人は自覚症状がない3)ため服薬を忘れたり、「自分は大丈夫だろう」と自己判断で勝手に止めてしまったりする人が一定数存在する。最近の海外のデータによると、服薬を忘れ、薬を10%余らせるごとに死亡と脳卒中のリスクが13%上がるという報告も出ている。4)毎日きちんと薬を飲めば助かる可能性のある命が、ちょっとした油断から脳梗塞や全身性塞栓症のリスクにさらされてしまう。
 これまで多くの心房細動患者に抗凝固薬を処方してきたが、「うっかり飲み忘れてしまった」という人が結構おられる。予防薬の場合、1~2カ月に一度の診察では服薬順守を促し続けるにも限界があるのだと思われる。そこで患者自身に行動変容を促したうえで服薬管理を行うにはスマートフォンアプリの特性が活かされるのではないかと考えた。
 心房細動アプリは、非弁膜症性心房細動の患者が服薬忘れを防ぐためのアプリで代表的な機能は4つである。1つ目は、アラームによって毎日服薬時間を通知すること。朝晩、設定した時間にアラームが鳴り服薬を促してくれる。2つ目、服薬カレンダーに服薬状況を記録し、医師や家族と情報共有する際に役立てることができる。3つ目、病気に関する知識の向上を目的に心房細動教育動画(心房細動のメカニズムや、脳梗塞との関係、治療について)で分かりやすく解説する。4つ目、簡単に脳梗塞の危険度をチェックできる機能も付いている。
 このアプリを使えば、毎日自分でカレンダーに記録し「参加(Engage)」しながら、何か知りたいことがあれば教育動画にて疾患の理解を「身につける(Educate)」ことができ、さらにリマインダー機能やかかりつけ医が服薬継続を「勇気づける(Encourage)」ことが可能である。「3つのE」の循環の中で、自然と服薬を習慣化することができる。
 2018年9月より29名の心房細動患者さんを対象にパイロット試験を実施した。その結果を見るとアプリ起動率が日を追うごとに低下し、12週目になると約70%まで起動率が低下していた。アプリを長く使用してもらうために、UI(ユーザーインターフェース)をさらにシンプルにし、患者さんに便利な機能(次回外来受診日の入力、歩数計・睡眠時間管理)を追加し、今春全国無料公開を行った。
 このように服薬管理機能以外にも患者さんに便利な機能を搭載することで日常的に活用できるアプリにしている。
 おそらく今後、さらなる高齢化社会に伴い心房細動の患者数はさらに増加することが予想される。そうなると、服薬は本人だけの問題ではない。もし重度の脳梗塞にかかった場合、それを介護する家族の負担、さらに医療費の問題にもつながる。いまや厚生労働省が「人生100年時代」と言うように、65歳以上の高齢者も活躍できる時代になっている。逆に言えば、それだけ自分の健康は自分で管理しなければいけないということ。その一つの手段として、多くの方にこのアプリを活用してもらいたい。
 そしてゆくゆくはAI技術を活用し、生活習慣病である糖尿病、高血圧、高脂血症、メタボリックシンドロームと心房細動との関係や新規発症・再発予防についても解明していきたいと考えている。
※「心房細動アプリ」はApp Store、Google Playよりダウンロードできます。

【参考文献】
1)J Cardiol 2009;137:102-107
2)Japanese journal of electrocardiology 2011;31:292-296
3)Circ J 2012;76:1020-1023 4)Am Heart J 2014;167:810-817