突然の継承開業

 新元号「令和」での発刊第1号に掲載していただく栄誉を賜り、大変ありがたく存じます。
 当院は各線大阪駅、梅田駅からほぼ中間点にある阪急グランドビルの22階にあります。階全体がクリニックフロアになっていて、当科以外にも内科、胃腸科、耳鼻科、眼科、産婦人科、皮膚科、神経科、歯科などがあります。クリニックフロアも阪急グランドビルの開業と同じく今から約40年前でいわゆる「クリニックモールの先駆け」とも言えます。
 その「大阪梅田のど真ん中」に平成22年に開業して9年が経過しました。形としては「新規開業」ですが、父からの継承開業になります。
 しかし、そのタイミングは突然やって来たものでした。
 平成19年、私が医師3年目に父が急な病で倒れました。私は浜松の病院で後期研修中でしたが、意識不明の父からの助言も申し送りも無い中で医院の事、父の事など多くの選択を迫られ、自分自身の進路も再考を余儀なくされました。  医院については祖父が開業し、父が継承した物でしたし、私自身もゆくゆくはそうするつもりでしたので、尚早にはなりますが継続する方向で検討を進めました。
 それに合わせて、主に母が父や亡き祖父の知人などを頼って代診の先生の手配をしつつ、私は兵庫医科大学整形外科教室に入局させていただき、数年間の大学病院勤務の後、教授からのお許しをいただいて正式に継承開業する事になりました。
 その後、日々の診療や医院運営をしつつ整形外科専門医、骨粗鬆症認定医等も取得する事が出来ました。
 勤務医時代との大きな違いはやはり医療以外についてです。周辺の医療機関との連携については積極的に講演会や医師会活動に参加してコネクションを広げていきました。幸い、継承の経緯を御存知の先生も少なくなく、先方から声を掛けていただいたりしたこともあり比較的スムースにコンタクトを取る事が出来ました。財務・税務については母が父の時代から引き続き事務長として税理士との打ち合わせをはじめ様々な面倒な手続きを担ってくれております。また、レセプトや院内業務の細々した事については、私よりもはるかに習熟したベテランスタッフが担ってくれており、私が口出しする隙がありません。
 健康管理も大事です。自分が休めば休診になり、その分の収入が減ってしまいます。開業後2回インフルエンザに罹りましたがなぜか2回とも年末年始の休診期間でした。
 原則予約制なのであらかじめ日程のわかっている学会等では比較的休みやすいですが、急な休みは取りにくく、父が亡くなった時は半日、1歳過ぎたばかりの息子が急死した時はさすがに堪えましたが、それでも1日半しか休診しませんでした。
 まだ色々書きたい事もありますが、文字数の関係でこれくらいにしておきます。
 「父・祖父の七光り」のおかげもあって多くの患者さんや先生方、医師会や保険医協会、取引先企業の皆様、父から受け継いだ一番の財産とも言える優秀なスタッフ達そして家族…。
 皆様に支えられて今に至ります。
 これからもよろしくお願い申し上げます。