ベンゾジアゼピン系作動薬の長期投薬とそのリスクについて

医療法人聖心会 清水クリニック(精神科)
理事長・院長 清水聖保

 昨年の診療報酬改定で、ベンゾジアゼピン系作動薬を漫然と使用することに対して制限がかけられた。1960年代からとても効果的薬剤として、全ての科の先生が様々な患者さんに処方してきた薬剤で、抗不安薬、睡眠薬として使用されるケース、筋弛緩作用として肩こり、筋緊張に使われるケースなど様々である。特に筋弛緩作用として使用される場合、歯ぎしりの緩和、肩こりからの頭痛の改善など整形の先生や口腔外科の先生の多くが処方されていた。
 ところがこの薬は、副作用として持ち越し効果、筋弛緩作用、前向性健忘、反跳性不眠、退薬症候などが挙げられている。反跳性不眠とは、ベンゾジアゼピン系受容体作動薬を急に中止したときに、治療前よりも不眠が悪化することをいう。患者さんの中にはできるだけ睡眠薬は飲まない方が良いと考え、不眠が十分改善しないにもかかわらず自己中断することがあり、反跳性不眠が生じやすい。これらの不眠をなくすためには、不眠を治療する医師側も治療初期の段階から治療終結を念頭に入れた不眠治療を計画し、患者に方針をしっかりと伝えていく必要がある。
 ベンゾジアゼピン系受容体作動薬は、短期間の使用であれば効果的で安全であると考えられるが、それらの長期使用は耐性や依存の形成、自動車事故のリスクの増加、高齢者での転倒と大腿骨頸部骨折、認知機能や記憶力の低下などの健康被害と関係することが報告されてきた。依存に関しては、特にベンゾジアゼピン系受容体作動薬では、臨床用量の範囲内でも長期間(つまり6カ月から1年以上)服用するうちに身体依存が形成され、離脱時に退薬症候が現れることが指摘され、臨床用量依存あるいは常用量依存と呼ばれている。また夜眠れないために飲酒し、飲酒量が次第に増加していくが不眠が改善しないケースや睡眠薬とアルコールを併用しているケースに遭遇することが少なくない。アルコールと睡眠薬の併用は相互作用により記憶障害や錯乱状態などの重篤な副作用をもたらす可能性があり、そのようなケースでは十分な指導が必要である。さらに転倒転落の予防のため、ベンゾジアゼピン系受容体作動薬からメラトニン受容体作動薬あるいは非ベンゾジアゼピン系受容体作動薬への処方に切り替えることで転倒、転落が減少している。
 最近では認知症との関連も叫ばれているが、長期使用と認知症発症リスクとの関連は相反する結果が報告されており、十分な結論は出ていない。だが関連性があると言う報告も見受けられる。従ってベンゾジアゼピン系受容体作動薬の長期使用は避けるべきである。このため、米国ではベンゾジアゼピン系受容体作動薬は4週間以内の低容量の使用が推奨されてきた。しかし日本では長年に渡り漫然とした長期投与や多剤併用が行われてきた。最近ようやく、長期投与や多剤併用に対しての問題意識が高まり始め、平成26年診療報酬改定から3種類以上の睡眠薬投与にて診療報酬が減算されることになり、平成28年10月にはエチゾラムとゾピクロンにおいても処方期間が30日までに制限された。平成29年3月からはベンゾジアゼピン系受容体作動薬の添付文書の改訂が行われ、承認用量の範囲内であっても漫然とした継続投与により依存性が生じる可能性について追記記載され、さらに平成30年度診療報酬改定からは、抗不安薬と睡眠薬が計4種類以上投与された場合には診療報酬の減算が行われ、平成30年4月以降の処方において、ベンゾジアゼピン系受容体作動薬を1年以上連続して同一の用法、用量で処方している場合に診療報酬の減算が行われることになっている。
 今後ベンゾジアゼピン系受容体作動薬の漫然とした長期投与や多剤併用を減らしていくためには、治療のゴール設定を行い、ガイドラインで示されている不眠の治療アルゴリズムを見ていく必要がある。減薬、中止のための介入、不眠に対する認知行動療法およびメラトニン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬、漢方薬などを含めたベンゾジアゼピン系受容体作動薬以外での不眠治療法が確立、普及することが期待される。