第2回 情報操作を続ける厚労省の罪~医師数編~

 前回は「お上は悪いようにするはずがない?」と題して、大学受験戦争の勝者が年次席次で財務省に入省し、厚生官僚はより良い医療体制よりも、財務省の意向に添う安上がりの医療を追求せざるをえない。その構図が先進国最低の医療費と医師数、逆に先進国一高い窓口自己負担の温床であることを紹介しました。
 今回はそのお上が、現在どのようにして医師数や医療費削減を達成しようとしているのか、その実態について具体例を通して紹介してみたいと思います。

脱官僚話法~数字の前提を疑う~

 図1は昨年7月1日の読売新聞に掲載された「人口10万人あたりの医師数の推移」という図ですが、これをご覧になって皆さんはどう感じられるでしょうか。
 この記事の見出しは「医師不足じわり解消…10年後、先進国平均に」でした。厚労省がまとめた医師数の推移を紹介したニュースを見た殆どの読者は、日本の人口当たり医師数は2025年にOECD平均を追い越し、2040年には大きく上回ると受け止めたと思います。「やられた!」私はこの図を見て思いました。というのもこの図のOECD平均は2011年の数値で、それが2040年まで増加しないことが前提となっていたからです。

 果たしてOECD加盟国では今後医師数が本当に増加しないのでしょうか。図2は2015年6月の月刊/保険診療に「メディカルスクールとPA導入で医師の増員と負担軽減を」と題して私が投稿した論文の挿入図です。ご覧いただければ一目瞭然ですが、OECD加盟国の医学部卒業生の推移は、医師数が世界一多いイタリアを除いてすべて日本より増加しています。一方日本の人口当たり医学部卒業生数は殆ど増加していません。
 しかし昨年政府は2008年からようやく増員した医学部定員を「将来的に医師が過剰になる」として、医療費抑制のために削減することを検討開始したのです。

医師不足のツケを払うのは地域住民!?

 さて医療費亡国論で医師削減を行ってきたお上の努力が結実した事件が、今年の1月に埼玉でおきました。皆さんは埼玉県の厚生連の二病院が売却となったことをご存知でしょうか。一つは私が平成元年から四半世紀勤務した済生会栗橋病院の近くに5年前に新設されたばかりの久喜総合病院です。久喜市が36億円を拠出して幸手市から誘致したのですが、300床の病院なのに常勤医が30名程度という医師不足を主因とした経営悪化が響いて、九州の医療法人に売却決定となりました。もう一つは70年以上地域中核病院として役割を果たしてきた熊谷総合病院で、北海道の医療法人に売却決定となりました(関連記事)。なんと埼玉県から厚生連はすべて撤退となってしまったのです。
 確かに医師養成数を抑制して、医師不足のために地域の病院が姿を消せば、お上の思惑通り医療費削減にはなるでしょう。しかし久喜市の拠出金の穴埋めは久喜市民が負わなければなりません。その上地域に医療空白地帯が広がってしまう危険性が高いのです。
 十数年以上医療再生のために、医療費と医師増員の必要性を訴えてきた私ですが、今後も”Patient first”の立場で声を上げ続ければならないことを、新設5年目の久喜総合病院の売却問題が改めて気付かせてくれました。

医師不足じわり解消、10年後に先進国平均に

 日本の人口10万人あたりの医師数が10年後、先進国が主に加盟する経済協力開発機構(OECD)の平均を上回るとの推計を厚生労働省がまとめた。医学部の定員増などで、先進国の中で低水準という長年続いた状況から抜け出す見通しとなった。地域や診療科によっては医師不足が続く可能性もあり、厚労省は夏以降に有識者会議を設け医師養成のあり方を検討する。

 厚労省は、医学部の卒業生数や今後の人口推計などを基に、将来の10万人あたりの医師数を推計した。

 それによると2012年の227人から20年に264人まで増え、25年には292人となり、OECDの平均(11年、加重平均)の280人を上回る見込み。その後も30年に319人、40年に379人と増加が続く。政府による医学部の入学定員の増員策や人口減少の影響が出る格好だ。

 08年度から始まった医学部の定員増は19年度までの措置で、医師不足の問題を抱える自治体からは継続を求める声がある。一方、医学部を新設する動きには、医療関係者から医師の余剰を懸念する声が上がる。25年に全国の医療機関の入院ベッドを現状より1割以上減らせるという政府推計もあり、医師の勤務先の見通しを含めた医学部定員の方向性を、厚労省は文部科学省と検討する。

2015年7月1日 yomiDr.(ヨミドクター)より転載

JA県厚生連、熊谷と久喜の2病院売却 「医療機能は維持」

 JA埼玉県厚生連が経営する熊谷総合病院(熊谷市中西)を社会医療法人「北斗」(北海道)、久喜総合病院(久喜市上早見)を社団法人「巨樹の会」(佐賀県)に売却する件で、同厚生連はさいたま市内で15日会見し、同厚生連が両法人と基本契約を結んだと発表。「新法人になってもこれまでと変わらぬ医療機能を維持し、良質な医療を提供していく」と述べた。売却額は明らかにしなかった。

 両病院とも300床規模の地域中核病院。同厚生連によると、2010年3月期以降、医療費用や人件費の高騰などで、赤字経営が続いていた。経営改善や費用削減に努めてきたが、「自主的な改善は難しく、抜本的な改革が必要だと判断した。いろいろ検討(民間病院との統合などを含め)した中で譲渡に至った」と説明。慢性的な医師不足も売却の要因として挙げた。

 両病院とも休業することなく、4月から両法人が医療事業を始める予定。現在、同厚生連の職員として雇用している両病院の医師や看護師、スタッフは計約千人おり、自主的な退職を除いてそのまま両法人に採用される見通し。

 熊谷が担っている小児救急の輪番制や、久喜が県から指定されている救急搬送困難患者の受け入れなどについても、「地域のために対応してきたことは継続し、医療機能を充実させていく」としている。

 北斗は北海道帯広市を中心に病院やリハビリテーションセンターなどを運営。医師や看護師らの従業員数は1037人(1月現在)。巨樹の会は九州地方で医療事業などを展開しているカマチグループ(福岡県)に所属。佐賀県武雄市に本部を置き、従業員数は4085人(昨年10月現在)。14の病院などを運営しており、11年には所沢明生病院(所沢市山口)を編入した。

2016年1月16日(土) 埼玉新聞より転載