疼痛性障害(心因性痛)の漢方治療について(後編)

こうり痛みと漢方の医院
院長 洪里 和良

前号に引き続き頻用処方を解説します。

2.柴胡剤
 柴胡剤とは柴胡という生薬を含む処方群をいう。柴胡剤は「肝」に関連する処方である。肝はいわゆる「自律神経」や「精神的なストレス」に関わる概念であると考えて差し支えない。これらが失調することであらわれる症状に用いられるのが柴胡剤である。
 柴胡剤の鑑別は決して容易ではない。「胸脇苦満」という漢方医学特有の腹証がある。胸脇苦満が認められる場合には柴胡剤の適応が示唆されることが多い。小柴胡湯では舌にやや湿った白苔がみられることが多く、大柴胡湯では乾燥した白黄苔がみられる。問診のポイントは「朝、口が苦いか」「口がねばつくか」「口が渇くのに水分はあまり欲しくないか」「歯磨きの時に嘔気がないか」「肩から背中にかけて広く凝らないか」「ムカムカして食欲が無いか」「なんとなくめまい感がすることはないか」などである。
 一般的に、大柴胡湯や小柴胡湯のように柴胡の分量の多い処方は抗炎症作用を期待して慢性炎症性疾患などに用いられ、補中益気湯や抑肝散など柴胡の分量の少ない処方は自律神経調節作用を期待して処方される事が多い。しかし必ずしもこの限りではない。
 それぞれの柴胡剤を完璧に使い分けることは漢方専門医でも容易ではないが、以下に簡単な使い分けを示したいと思う。

A.大柴胡湯
 症状が全て激しく、体質的には肥満あるいは筋骨たくましく、充実緊張したものが多い。心窩部に厚みがあって堅く緊張し、季肋下部を圧迫するも凹まないほどのもの。自覚的に胸脇部に緊張感、痞塞感、痛みなどが起こり、便秘の傾向がある。精神的には外に向かって大声で怒鳴り散らし、癇癪を起こしやすいという傾向がある。また胸元が張っていてバンドや帯を締めると苦しいと訴えることが多い。
 浅田宗伯によれば「世の所謂癇症の鬱塞に用ゆるときは非常の功を奏す」という。この処方は小柴胡湯から補益の効能がある人参、甘草を除き、瀉下作用のある大黄・枳実・芍薬を加えて生姜を倍量用いている。そのため小柴胡湯よりも体力があるものに適している。

B.柴胡加竜骨牡蛎湯
 大柴胡湯と小柴胡湯の中間程度の胸脇苦満を認める。臍上に動悸がみられることが多い。上衝、心悸亢進、不眠、煩悶等の症状があり、驚きやすく、易怒性で甚だしいものは痙攣を起こすものもある。体を動かすのが億劫で、動作が活発ではないものが多い。便秘の傾向がある。脈は力強い。
 江戸時代の医師目黒道琢は『餐英館療治雑話』のなかで「此の処方は癇症ならびに癲狂に使用してしばしば有効であった。肝鬱が募ると癇症になる。女性には肝鬱や癇症が多い」と述べている。

C.柴胡桂枝乾姜湯
 この薬方は、少陽病で小柴胡湯症より虚弱な人や体力の消耗しているものに用いる。脈も弱く、汗が頭に出て、腹診で動悸を認め、食欲不振などの症状があるもの。汗が頭に出るのは、体が弱って気が上衝するためである。また、「胸脇満微結」といって、胸脇苦満よりも軽微な腹証がみられる。発汗がみられるが体内には冷えがある。

D.四逆散
 小柴胡湯の適応で痛みにウェイトがあるものに用いる。種々の心身症に広く用いられる。小柴胡湯と並んで少陽病のスタンダードな処方である。腹証ではいわゆる二本棒と言われるような腹直筋の底力のある緊張が目標になるが、拘泥すべきではない。胸脇苦満を認めないこともある。「長年の過緊張の糸が切れた」ような時に用いる。手足は冷たいことが多い。

E.加味逍遙散
 主として中年女性に頻用され、症状があちこちに移動する(逍遥する)不定愁訴に用いる。不定愁訴が多く治療によって症状が改善したことをあまり認めず、次々と新しい症状を捜しだしてくる。体格は比較的痩せている。症状は月経異常或いは月経周期・更年期と関連して現れることが多い。女性に限らず、男性にも用いられる。

F.加味帰脾湯
 胃腸虚弱の傾向で心身が疲れ果てたもの。または、心労のあまり食思が不振となり虚弱になったもの。貧血があり、健忘症や不眠症状、出血症状がある。顔色は蒼白く疲労感を訴え、かならず神経症を伴う。

G.抑肝散
小児の夜泣きや歯ぎしりなどの処方として作られた。元来、肝の亢ぶりに対する処方である。
 肝の気が亢ぶって神経過敏となり、怒りやすく、いらいらして性急となり、興奮して眠れないもの。つまり、多怒、不眠、性急を目標とする。症状が長期化した結果、胃腸の不具合を生じ胃に水が溜まったような病態では陳皮と半夏を加えて抑肝散加陳皮半夏として用いる。また、抑肝散が有効なものには眼痛を伴うことがある。

H.柴胡■帰湯
 虚証で軽度の胸脇苦満があり、原因不明の胸脇痛を訴えるものに使用される。構成生薬から考えると当帰、芍薬、川■で血を補い、木香、香附子、縮砂、青皮、枳殻で気を調え、柴胡、竜胆で肝の気を瀉す。
 体力のない疼痛性障害で脇下部に痛みがあるものに用いる。

I.補中益気湯
 消化器系が弱くなり、食欲がなく元気がない。この処方を使う目標として津田玄仙の8つの口訣が有名である。
1)手足倦怠(手足が怠い)
2)語言軽微(言語に力がない)
3)眼勢無力(眼に勢いがない)
4)口中生白沫(口に白い泡がでる)
5)失食味(食事が味気ない)
6)好熱物(熱い飲食物を好む)
7)当臍動悸(臍部で動悸がする)
8)脈散大而無力(脈がパッと散って力がない)
 これらのうち2、3つあれば用いて良い。

3.補剤
 全身状態の悪化、損耗を来している疼痛性障害には、その体力を補うことで痛みが緩和されることがある。

A.十全大補湯
 顔色がくすんで体力の疲弊しているもので全身状態の改善に用いる処方として知られている。痛みを和らげる作用があり、疼痛性疾患にも用いられる。高齢者の疼痛性障害に対する有効性の報告がある。

B.人参養栄湯
 十全大補湯の変方である。遠志、五味子という生薬が入っていることから、呼吸器疾患、中枢疾患を有するものにはこの処方のほうが良い。疼痛性障害を遠志の適応と考えれば、この処方もよい。また帰脾湯にも構成が似ており、貧血を有するものにも良い。

 以上、疼痛性障害の漢方治療について述べ、各処方についてごく簡易にまとめた。漢方医学においては患者各個人ごとの「証」を正しく見極め、かつ、方剤について深く理解することで治療の成功率を上げることができる。

■=草かんむりに「弓」