拡張期心不全(DHF)

大阪医科大学健康科学クリニック診療部門長
向坂 直哉

 慢性心不全は、心臓のポンプ失調により臓器血流不全を引き起こす、突然死リスクの高い予後不良の疾患であり、日本における患者数は50万人~100万人といわれている。心筋梗塞や弁膜症、心筋症、心筋炎などの基礎疾患を基盤とし、最終的に収縮能の低下を介して肺うっ血や浮腫を引き起こす病態が中心に論じられてきた。しかし、最近になり、左室駆出率の正常な(左室収縮能の低下していない)心不全が全体の40~50%と増加しており、これを従来から知られている「収縮期心不全(SHF)」に対し「拡張期心不全(DHF)」と区別し、その病態解明が進みつつある。

SHFは、肺うっ血、浮腫などの心不全徴候に加え、心エコー検査による収縮能低下により診断され、その病態についてはアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE-I)やβ遮断薬の有効性を示した大規模臨床試験を背景に、神経体液因子の関与、交感神経系およびRAA系の亢進、心筋リモデリングなどが示唆されている。一方、DHFの拡張機能障害の評価方法としては、心エコー検査によるE/AやE/E’測定、血液検査でのBNP(またはNT-proBNP)測定、運動耐容能検査などが挙げられるが、いずれも正確性に若干問題があり確立したものはない。現在、一応の診断基準として、①心不全徴候の存在、②心不全発症72時間以内に測定した心エコー検査で左室駆出率≧50%、に加え拡張機能障害が証明できれば確定診断。さらに、③心不全発症時の血圧:収縮期>160mmHg、拡張期>110mmHg、④心エコー検査にて求心性左室肥大の存在、⑤頻拍による拡張期短縮、⑥少量補液後の急な心不全発症の所見があればより確実とされている。
SHFの治療方法としては、急性期には利尿薬、カテコラミンなどの強心薬、血管拡張薬、PDE阻害薬、ナトリウム利尿ペプチド(hANP)などがよく用いられる。慢性期にはβ遮断薬、ACE-I(またはアンジオテンシンII受容体拮抗薬:ARB)による予後改善効果が大規模臨床試験により証明されている。DHFについては、急性期には利尿薬投与や血圧コントロールが肝要であるが、慢性期予後改善効果を証明された薬剤はない。ただ、SHF同様、β遮断薬やACE-I(またはARB)の有効性が期待されており、それらの大規模臨床試験が進行中である。

DHFは比較的新しい概念であり、まだ十分には理解、浸透していない。肺うっ血や浮腫、息切れなどがあり心エコー検査をしたものの、収縮能が正常(左室駆出率が正常範囲内)であるがゆえに「“心不全”ではない。」との診断を下す専門医が存在することは残念至極であるが、読者の皆様には、腎不全や呼吸器疾患を有さない患者にこのような症状がみられた際には、是非早めの循環器医への相談をお勧めしたい。

[勤務医ニュースNo. 96:2010年9月15日号に掲載]