第4回 温故知新 クレプトクラシー(収奪・盗賊政治) 日本のルーツは明治維新

前回は私たちの眼の前に立ちはだかる問題解決のために重要な4つの視点を紹介しましたが、今回は「温故知新」について考察したいと思います。

 本連載第1回で「お上は悪いようにするはずがない」と題し、厚生省官僚が「医療費亡国論」を唱えて医療費削減を主導したことを紹介しました。日本は民主主義国家ですから、政治家ではない官僚が重要政策を決定することは許されないはずです。何故官僚が医療費抑制を唱えることができたのでしょうか。
 実はこの謎を解決するヒントを与えてくれたのも第一回で登場した長崎大学名誉教授の高岡善人先生でした。高岡先生との出会いは2006年2月でしたが、約2年後の2008年4月に私はお見舞いで、先生が入院中だった東京都老人医療センター(現東京都健康長寿医療センター)を訪れたのです。病床で先生は「日本資本主義の父」とされ、東京都老人医療センターの前身「養育院」の初代院長でもあった渋沢栄一(1840~1931)の資料を手渡してくれました。
 残念ながら高岡先生はその3ヶ月後の7月に亡くなったのですが、最後に用意してくれていた資料が気になって、私は渋沢の著書「論語と算盤」(国書刊行会)を手にしたのです。案の定その中には私がずっと疑問に思っていた日本の歴史的背景が明確に記されていました。

 渋沢は「論語と算盤」で「道徳経済合一論」の真骨頂である「金儲けだけでは駄目だ、論語に立ち返って社会貢献も考えなければならない」と経済人に訴え、さらに「時期を待つの要あり」で「官尊民卑」について述べています。  『私は日本今日の現状に対しても、極力争ってみたいと思うことがないでもない、いくらもある、なかんずく日本の現状で私の最も遺憾に思うのは、官尊民卑の弊がまだ止まぬことである、官にある者ならば、いかに不都合なことを働いても、大抵は看過されてしまう、たまたま世間物議の種を作って、裁判沙汰となったり、あるいは隠居をせねばならぬような羽目に遭うごとき場合もないではないが、官にあって不都合を働いておる全体の者に比較すれば、実に九牛の一毛、大海の一滴にも当らず官にある者の不都合の所為は、ある程度までは黙許の姿であるといっても、あえて過言ではないほどである。これに反し、民間にある者は、少しでも不都合の所為があれば、直ちに摘発されて、忽ち縲絏の憂き目に遭わねばならなくなる、不都合の所為あるものはすべて罰せねばならぬとならば、その間に朝にあると野にあるとの差別を設け、一方は寛に一方は酷であるようなことがあってはならぬ、もし大目に看過すべきものならば、民間にある人々に対しても官にある人々に対すると同様に、これを看過してしかるべきものである、しかるに日本の現状は今もって官民の別により寛厳の手心を異にしている。』
 その後多くの資料を当たってようやく気づいたのですが、渋沢が指摘した当時の官僚こそ、「藩閥政治」と非難された人々だったのです。最近明治の内閣総理大臣を調べて、その予感が当たっていたことを再確認できました。そしてこの流れは敗戦後は岸信介、佐藤栄作氏が、現在は安倍晋三氏がしっかり引き継いでいます。

 歴史は勝者が書くものと言いますが、ようやく還暦を過ぎて日本政治のルーツを知ることができました。明治維新は薩長が皇室を錦の御旗に利用して徳川から政権を奪取したクーデター、戦後は錦の御旗を米国に変えて一部の政治家や官僚が自身の利益を最大化しています。この体制こそ米国議会筋が日本をデモクラシーでなくクレプトクラシー(収奪・盗賊政治)と見ているものでした。