耳管開放症、およびその周辺疾患の治療(後篇)

守田耳鼻咽喉科 大阪駅前耳管クリニック
院長 守田 雅弘

耳管開放症および耳管閉鎖障害の治療

1.生活指導および薬物治療

耳管開放症では、その成因に、低血圧症、精神的な苦痛や肉体的ストレス、急激な体重減少の既往との関与が考えられており、まずその原因を除去あるいは改善するように生活指導を行っています。生活指導では、プライバシーを侵害しないということは非常に重要ですが、精神的な悩み、睡眠時間、仕事面での疲れ、運動の有無、水分を摂取しているかなどもチェックします。特に、低血圧や末梢血液循環が悪い方に対しては、ぬるま湯での足湯や沐浴、ヨガなどの血流を良くする運動を積極的にすすめています。それで改善がない場合や、初めから投薬希望がある場合に、随伴疾患に対する治療を基本目的として薬物治療を行っています。薬物治療には耳管周囲の血流を増やす目的で漢方薬の加味帰脾湯あるいは補中益湯、前述のアデノシン3リン酸(以降ATP、商品名:トリノシンあるいはアデホス顆粒)があり、低血圧症や自律神経失調症の合併例には対症療法として塩酸ミドドリンやトフィソパム、メシル酸ジヒドロエルゴタミンなどを用いています。加味帰脾湯や補中益湯単独あるいはそれにプラスして前述の投薬を行うことで、特に20歳から50歳代の女性に約60%に有効性を認めています。筆者らのATP投与による耳管開放症に対する治療効果を検討した結果では、主観的には自覚的改善度として76.3%の改善を認めました。また、客観的には耳管音響法におけるDuration、TTAGにおける耳管開大圧について検討した結果、耳管開大圧において有意に改善を認め、Durationについても改善傾向を認めました。耳管開放症に影響を与えると考えられる因子の検討では、3kg以上の体重減少があり、BMIが小さいほどATP投与により有意に耳管機能の改善を認め、罹病期間が短く、自覚的重症度が軽症であるほど自覚的改善度は有意に改善しました。以上より、ATP投与により耳管機能、自覚症状ともに改善を認め、ATPは耳管開放症の内服治療として有効である可能性が示唆されました。

2.処置的治療

保存的治療に抵抗を示すものには処置治療を行う場合もありますが、処置治療が一過性の治療であり、薬物の耳管内への投与などは、その後の手術治療に影響を与えることもないとは言えないことから、投薬治療無効例で重症例には、処置治療をしないで後述の手術治療を行う場合もあります。しかし、外来ですぐに効果を得たい場合などは、薬物の科学的刺激による粘膜浮腫にて耳管開放状態が軽減しますので、特に手術治療を行わない第一線の診療所においては治療の重要な位置を占めるかもしれません。具体的には、先端部を主体にカーブさせた綿棒を同側鼻腔から耳管内へ挿入し、耳管の内腔に薬物を付けた綿棒の先端部で簡易的にパッキング(閉鎖)する方法です。しかしながら、この処置にはコツを要しますし、自律神経反射や粘膜の炎症をきたして、中耳炎を惹起したり気分不良やまれに意識消失などの副作用を生じえますので、必ず経験者の指導や師事を受けることが必要です。薬物には、グリセリンを浸した綿棒の先に付けるごく少量のBezold末【(ほう酸末4、サリチル酸1)、Bezold末の代わりにサリチル酸末】、プロタルゴールやルゴールなどがあります。山下、多田らによりルゴールの耳管内への噴霧も効果的であると報告されていますが、この処置はより熟練を要します。
 薬物による刺激ではなく、単なるパッキングを目的として、耳管内へ咽頭側から挿入する処置的治療には、小川の液(Gelfoam粉末<現在粉末はない>とグリセリン液)、ゼルフォーム(ゼラチンスポンジ)R、メロセルRを挿入する方法がありますが、繰り返す必要があったり、重症例では無効であったり、単独治療としては限界があるようです。
 他の方法としては、生理食塩水の鼻腔から耳管内への注入が有効な例もときにあり、薬物作用を有していないので安全に使用できます。この方法は、耳管咽頭口経由で垂直方向になった耳管内へ生理食塩水が流れ込むようにするもので、頭部を水平かやや後方に倒した位置にし、さらに患側に頭部を約45度以上回旋した位置で、生理食塩水を患側鼻内へ滴下する方法です。また、外耳道側からの鼓膜に対する処置治療として村上らによる鼓膜テープ補強法という方法、耳管開放による空気の過剰換気が原因で生じる鼓膜の振動をおさえることで、耳閉塞感やパカパカ音が改善する例があります。外来で手っ取り早くできる治療ともいえますが、テープの鼓膜に張る部位や大きさなどテクニックやコツがかなり必要でして、筆者はべスキチンを用いて湿らせて施行することがありますが、重症例にはあまり適応となりません。

3.手術的治療

1)耳管ピン手術
鼓膜側から、耳管内への挿入していくシリコン製の薄くて前後方向に長い耳管ピンを小林らは開発しています。筆者らも、この小林式耳管ピンを耳管開放症患者に使用していますが、その先端部が広がりすぎている耳管峡部をある程度塞ぐことで、過剰な空気の流れを防ぐことができるというものです。鼓膜のすぐ奥に置かれて、色も緑色であるため、術後、鼓膜穿孔部が残っている間だけでなく、穿孔が塞がっても経過を観察できます。自験例では、19例中14例(73%)に自他覚的に改善を認め、合併症は、いずれも有効例で認められたが、術後一ヶ月以内の急性期に中耳炎の合併を1例、あとは鼓膜大穿孔が2例でした。

2)人工耳管手術
耳管開放症などの耳管閉鎖障害や、その逆の耳管狭窄・閉塞症などのあらゆる耳管機能障害に対して、経耳管的に生理的な換気に近い形で空気の流れが形成されることを目的として筆者は人工耳管を開発し、手術に生かしています(表1、図1)。

 人工耳管は、外耳道側から切開した鼓膜を経て、専用の耳管用ガイドワイヤとともに耳管鼓室口、耳管内へと挿入し、先端部が生理的な狭窄部位である耳管峡部を越えるようにするとともに、先端部の形状を工夫して峡部に固定します。一方、その後端部は鼓膜部より数mm出した形とする場合(a.鼓膜固定型)、鼓膜直下の鼓室内に留置するもの(b.鼓室内固定型)とがあります。
 耳管開放症に対する人工耳管挿入術では、保存的治療で改善しないいわゆる重症例(16例)での術前後の音響法(嚥下時)による耳管機能の比較では、術後2ヶ月以上経過してからの自他覚症状の改善度は、耳管開放症は約70%、耳管閉鎖不全症では88%です。

3)耳管鼓膜チューブ挿入術
 鼓膜チューブと、その内腔に耳管の峡部を超えて軟骨部耳管まで達する耳管チューブを組み合わせて装着し、一体化し、耳管鼓膜チューブとして手術治療に用います(図2)。

 この耳管鼓膜チューブは、全長が25mmから40mmまであり、内腔は0.8mm前後、材料はポリウレタンなど、ある程度、生体親和性と硬度のあるものを使用しています。図3にありますように、咽頭口側になる前方の先端部かその近傍には小孔(小さい孔)があり、ガイドワイアを使用して外耳道経由で鼓膜切開後に、骨部耳管から少しずつ耳管峡部を超えるまで挿入していきます。耳管鼓膜チューブの後端部は、鼓膜チューブ内腔を通り、再外側の鼓膜外側に固定されるため安定し安全性も高く、また、鼓膜チューブと分離して抜去することも可能な構造となっています。

 耳管鼓膜チューブの使用により、耳管に狭窄や閉塞があっても、このチューブ状の構造物が耳管の病変部位を通すことで、耳管の生理的な換気能力を保持することが可能となりますので、耳管開放症はもちろん、ほぼすべての耳管機能障害に適応となっています。特に耳管鼓膜チューブの鼓室内に位置することになるチューブ状構造物の側面には鼓室内を換気する目的の直径約0.1~0.2mm程度極小の孔が5、6個以上あり、鼓室内の換気を促進します。耳管鼓膜チューブ手術に必要な特殊な手術器具は、独自に開発した耳管用ガイドワイア、耳管用に開発した鋭匙があります。鋭匙は先端部の径は0.8mm前後で削る部分はさらに小さいものです。今の段階では、難治例に使用していることもあり、治療効果は約80%に認められています。
 耳管狭窄症、耳管開放症、耳管閉鎖不全症などすべての耳管機能障害で適応があります。手術は、局所麻酔で、実際に施行している時間は、30分以内がほとんどです。

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