疼痛性障害(心因性痛)の漢方治療について(前編)

こうり痛みと漢方の医院
院長 洪里 和良

疼痛性障害の治療

 疼痛性障害には手術や神経ブロックなどの侵襲的な処置を用いてはならない。精神療法と薬物療法を組み合わせて治療を行うことが一般的である。また、ベンゾジアゼピン系薬物は無効である。依存や乱用を防止するため処方されるべきではない。
 漢方薬は疼痛性障害の治療薬として標準的な位置にはない。しかし精神科や心療内科疾患に対して有用であることが知られており、疼痛性障害にも有効であると考える。

疼痛性障害の漢方治療

 精神症状を全身症状の一つとして捉えることが重要である。また精神症状と身体症状を等価的に扱い区別しない。
 診察においては入室時のファーストインプレッションが最も大切である。特に初診の時は注意を要する。視診が大切だからといってジロジロ見てはいけない。むしろ目を合わせず視野に映る患者の表情を読み取る。診療録を見るふりをして観察すると良い。顔色、肉付きなどもさり気なく観る。物憂い感じなどはすぐにわかる。眉間の皺、口角炎などは精神的な機微をよく表している。診察中、椅子を自分で医師の方へ引き寄せる人、肘をついて話し始める人などは要注意である。また必ずメモを持参して用意周到に話す人や過去のデータを丁寧にグラフに書いてくる人もいる。病気にマメな人はまさに「気を病む」の感があり、半夏厚朴湯のような気剤と称される漢方薬が必要なことが多い。加味逍遙散の患者は治療によって症状が改善したことをあまり認めず、次々と新しい症状を捜しだしてくる。何回か診察することで加味逍遙散だと分かる。逆に、たいして良くもなっていないのに「お陰様で」を連発する人はうつ病親和性を感じさせる。同様に「すみません」を連発する人も、うつ病親和性を感じさせる。このような自罰的傾向のある人には香蘇散が用いられる。逆に他罰的傾向があれば加味逍遙散や抑肝散がよい。
 診察は半分は治療の手がかりを得るために、半分は治療行為として行う。腹診は痛がるところを最後にする。内科診療などと同じく、肝臓を触れるか触れないか診るために、おなかを膨らませたり凹ましたりしていただく。治療者の呼吸に合わせてゆったりと深呼吸できる人は、病気の経過に良好な結果をもたらす。逆に治療者と呼吸が合わない人がいて、何回診察に来ても「ぎこちなく」おなかを膨らましたり凹ましたりする。「わがまま」な人と「気遣いしすぎる」人の両極端に分かれる。過緊張の患者は呼吸が浅く、スムーズな腹式呼吸ができないことが多い。まばたきが多い場合や、掌が異常に湿っている場合も過緊張がある。

頻用処方解説1

 疼痛性障害には女性なら当帰四逆加呉茱萸生姜湯の適応を、男性なら桂姜棗草黄辛附湯の適応をまず考える。半夏厚朴湯や香蘇散も考慮に入れておくべき処方である。
 疼痛性障害は「気」の異常によることが多い。この場合いわゆる気剤や柴胡剤と呼ばれる処方を使うことを考慮する。また、慢性疼痛のために消耗した場合には人参、黄耆、当帰などを含む補剤と呼ばれる処方を使うことがある。

1.気剤
 漢方医学の「気」はいろいろの意味に用いられる。怒は気を上逆させ、喜は気を緩め、悲は気を消沈させ、驚により気は乱れ、過労により気は消耗し、寒により気は収まり、熱により気は泄れる。すなわち自律神経性の変化と過労により消耗する生理的体力源の意味の二つに集約される。ここでは、前者に対する漢方処方を挙げる。気剤を処方すべきかと考慮させる患者には次のような特徴がある。
1)待合室で具合が悪いといって早く診てもらおうとする。診察室では、駆けこむように座り椅子を医師の方へ引き寄せる。また逆に呼びかけてもすぐに入ってこない、入室した後荷物の整理やメモの準備でモタモタする。
2)検査所見では重篤でないのに、本人の訴えが非常に深刻で周到である。予診票の問診の項に◯が多い。あるいは逆に全く愁訴が書かれていない。
3)話が要領を得ず、なかなか診療録が書けない。
4)医師と目線を合わせない。逆にジーッと見つめて目線を離さない。
5)話し方が早口で止まらなかったり、逆に妙に遅い。
6)家人など付き添いが横にいて、心配そうな表情で医師と本人の会話を聴いている。不足分を補ったり患者の言葉を遮って説明しようとする。
7)診療が終わった後の質問が多い。荷物などを忘れて帰ろうとする。
8)帰宅後、あるいは数日のうちに電話で病状の変化や気がかりなことを問い合わせる。
9)しばしば「薬が合わない」といってクレームをつけたり返品を要求する。
10)これまでの治療が適切でなく、本来の病態が隠れてしまっている。(壊病)

 香蘇散や半夏厚朴湯に代表される気剤の使い方は奥が深い。これらは漢方薬の中で最も使いやすく、また難しい処方である。

A.半夏厚朴湯
 メモを持参して用意周到に話す人や過去のデータを丁寧にグラフに書いてくるいわゆる「メモの証」のもの。半夏厚朴湯のものは予診票やメモにペン習字のような几帳面な文字を書き、理路整然とした文章になっている。筆圧も強い傾向にある。また、神経質で喉元にいつも何か引っかかっているような不快を訴えるもの。これを古人は「咽中炙臠」や「梅核気」と称した。「胸がつまる」と言って狭心症の疑いのもとに何度も検査を受けるものに用いられる。ただし、この咽中炙臠に拘泥してはいけない。牡蛎、呉茱萸、甘草や乾姜の類が奏効するものもあるからである。舌を診ると湿った薄い白苔がみられることが多い。また、心下痞鞕が使用目標になることがある。半夏瀉心湯や大柴胡湯のような腹証を呈することすらある。

B.香蘇散
 胃腸の弱い虚弱者に多い。もの静かな話し方をすることが多く、物憂い印象を受けるもの。どこか萎えた感じがある。他の処方では、味が合わなくて服めないというもの。  香蘇散の訴えは一定せず、小声で訴えるが特定の部位の異常としてはっきりしない。逆に半夏厚朴湯は「咽がつまる感じ」や「胸がつまる、苦しい」とか「お腹が張って苦しい」という様に具体的症状を示す。脈は多くは沈で、心下痞え、頭痛、めまい、嘔気などがあって気が塞ぐもの。

 

C.正気天香湯
 香蘇散に烏薬という気を順らせる作用を持つ生薬と乾姜という辛温の生薬を加えたものである。烏薬には気を順らせる作用のほかに凝血を散じる作用がある。そのため原典『医学正伝』には「婦人一切の諸(もろもろ)気の痛みを作し、(中略)腹中結塊、発渇刺痛(発作的に刺すような痛みがある)、月水之に因って調わず(月経不順や閉経などのこと)、或いは眩暈、嘔吐、往来寒熱するを治す。」とある。つまり、香蘇散のような気鬱のもので、血の滞りのあるもの。例えば産前産後や閉経など血の不調がある婦人で気鬱のあるものの疼痛性障害に用いるとよい。

D.姜棗草黄辛附湯
古典において「気分」と呼ばれる陰気と陽気が分離して起こるとされる心身症的症状に適応がある。帯状疱疹後神経痛、三叉神経痛、腰痛、頭痛、慢性副鼻腔炎などで痛みが長期に遷延した結果、心理的要因がさらに痛みを修飾するような疼痛性障害に用いる。
 頚部痛、頭部痛、腰痛、下肢痛など内臓以外の疼痛に用いる。冷えを伴っていることが多い。腹痛など内臓の痛みには効果がないことが多い。桂姜棗草黄辛附湯について古典には「心下堅大如盤辺如旋杯」と特徴的な腹証を指示しているが無視しても良い。心窩部を按ずると冷感を呈するものがある。

E.当帰四逆加呉茱萸生姜湯
 寒冷刺激によって誘発される種々の血管攣縮性疼痛性疾患(月経痛、頭痛、運動器の痛み、腰痛、腹痛、坐骨神経痛、子宮内膜症、脱疽、レイノー病)に用いられる処方である。寒冷刺激によって起こる「疝気」の代表治療薬として頻用される。冷房の発達した現代では典型的な「疝気」の症状をあらわさず、むしろ不定愁訴となる場合がある。大塚敬節は本処方の使用目標を以下のように要約し、「疝気症候群A」と命名した。
1)慢性に経過する疼痛を主訴とし、寒冷によってその症状が増悪する。
2)疼痛は腹痛を主とし、ことに下腹部にみられることが多く、腰痛、背痛、頭痛、四肢痛を伴うものがある。
3)疼痛の本体を近代医学的な検索によって明確にしがたいことが多く、神経性のものと診断される傾向がある。
4)腹診上では、下腹部で左右又は右、或いは左のいずれかの部位に圧痛を訴えるものが多い。しかしこの部に強い抵抗を触れることはなかった。また腹部軟弱なものと、腹直筋の拘急しているものとあって、その腹状は一定していないが、虚証であって、寒性であることはすべての症例に共通である。
5)疼痛は、つれる、突っ張るという状態のものが多く、痛む箇所が一箇所であることは珍しく、多くはあちこちで痛む傾向がある。
6)肝経の変動によって起こると考えられ、殊に生殖器、泌尿器方面の障害を訴えるものが多かった。
 この「疝気症候群A」の定義から当帰四逆加呉茱萸生姜湯は疼痛性障害に応用できることが分かる。